「コツコツ」が才能を磨き、「コツコツ」が達成をもたらす。

2019/06/08

菊池雄星も中村俊輔も紙に書くことで大きくなった

目標を紙に書くと実現する

 

 

 

 

2019年がもうすぐ半分が終わろうとしています。

 

 

 

「今年が半分終わる」と言われると少し焦りみたいなものを感じますが、とにかく月日が流れるのは早い。かつ年々早くなる。そして「もう6月だけど、こんな調子で今年の目標を達成できるのだろうか」と思い始める。さらに「いや、そもそも今年の目標って何だっけ?」と首をかしげる。立てたことは覚えているけど、どんなことだったかは、もうすっかり忘れてしまっている・・・。こんな感じで、毎年、1年が過ぎていく。

 

 

 

だから目標は紙に書くといい、と言われるのかもしれません。なぜなら紙に書いて、それを壁に貼ったり持ち歩いたりして、常に見えるようにしておけば、目標を忘れなくて済むから。「目標が達成できない最大の理由は、目標を忘れてしまうからである」としたり顔で言う識者がいますが、おそらく、それは当たっているのでしょう。

 

 

 

「目標を紙に書くと実現する」と言ったのは経営コンサルタントの神田昌典氏。ベストセラーの著書『非常識な成功法則』(フォレスト出版)の中で語られたその内容を読んだとき、私は少なからず驚きました。目標を紙に書くだけで実現するなんて、本当なのだろうか。

 

 

 

 

神田さんは、「朝晩、紙に書いた目標を眺め、ニタニタする」だけでいい、と言っています。そしてそれを習慣にする。脳の潜在意識にその目標を記憶させると、意識せずとも目標達成の方向に思考が働き、それに向かって自然に行動するようになる。ゆえに紙に書くと目標は実現するのだ、というメカニズム。

 

 

 

このことは自己啓発界のレジェンド、ナポレオン・ヒルの著書『思考は現実化する』の中にも出てきます。

 

 

 

[ナポレオン・ヒル]の思考は現実化する_アクション・マニュアルつき

 

 

 

「願望実現のための6か条」がそれです。引用します。

 

 

 

【願望実現のための6か条】

 

 

1.あなたが実現したいと思う願望を「はっきり」させること。単にお金がたくさん欲しいなどというような願望設定は、まったく無意味なことである。

 

 

2.実現したいと望むものを得るために、あなたはその代わりに何を“差し出す”のか決めること。この世界は代償を必要としない報酬など存在しない。

 

 

3.あなたが実現したいと思っている願望を取得する「最終期限」を決めること。

 

 

4.願望実現のための詳細な計画を立てること。そして、まだ その準備ができていなくても、迷わずにすぐに行動に移ること。

 

 

5.実現したい具体的願望、そのための代償、最終期限、そして詳細な計画、以上の4点を紙に詳しく書くこと

 

 

6.紙に書いたこの宣言を、1日2回、起床直後と就寝直前に、なるべく大きな声で読むこと。このとき、あなたはもうすでにその願望を実現したものと考え、そう自分に信じこませることが大切である。

 

 

 

この6か条の5と6の部分に、紙に書いて、それを毎日読むことが推奨されています。とにかく願望や目標を明文化し、それを忘れないように毎日見て、声に出して読んで、潜在意識に刷り込みなさい、とナポレオン博士も神田氏も言っているのです。

 

 

 

成功者は日記を書いている

 

 

スポーツ選手が日記をつけることで目標を達成した、という話はよく耳にします。メジャーリーグのシアトル・マリナーズで活躍する菊池雄星選手もその一人。

 

 

 

 

菊池選手の『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋)を読むと、紙に書くことの重要性がたくさん書かれています。

 

 

 

 

 

 

菊池選手は花巻東高校時代の恩師・佐々木洋監督から「成功者はみんな日記を書いている」と勧められたことをきっかけにノートを書き始めます。それから日記を書くことが習慣となり、現在も続けているそうです。この習慣が菊池選手をプロ野球選手にし、メジャーリーガーへと導いたのです。

 

 

 

菊池選手の本を読むと、目標を明確にノートに書くことの重要性がよく理解できます。さらに、「目標に近づくために、今日やるべきことをやれたのか?」について、ノートに書いて振り返ることが何よりも大切なのだ、と気づかされます。

 

 

 

本の中で菊池選手はこう言っています。

 

 

「書くことで自分自身と向き合うきっかけが生まれる」

 

 

「書くことによって、自分の気持ちを整理することができる」

 

 

「自分と向き合うというのはものすごく大事だと思います。その時間を作っていないと、気づかないうちに、進むべき方向がズレていくからです」

 

 

 

毎日ノートに書くことで、毎日自分と向き合い、心の中を整理していく。これを習慣化していることが、菊池選手の強さの秘密なのです。

 

 

中村俊輔選手も書いている

 

 

菊池選手だけでなく、多くのスポーツ選手がノートに書くことの重要性について教えてくれています。

 

 

 

例えばサッカーの中村俊輔選手。

 

 

 

 

中村選手もノートで常に自分の練習やプレーを振り返っていたそうです。その内容は『夢をかなえるサッカーノート』(文藝春秋)で明らかにされました。

 

 

 

 

横浜Fマリノス、日本代表の他イタリア、スペイン、スコットランドなどのチームで活躍した中村選手は、ノートに書いてある目標のほとんどを達成したと言います。また「静かな空間でひとりノートに向き合う時間、それが僕の人格を育ててきたのかもしれない」とも言っています。

 

 

 

またスキーモーグルの元日本代表である上村愛子選手は、練習ノートをつけ始めた途端、成績が伸び始めたのだそうです

 

 

 

また、横浜ベイスターズの筒香選手は、テレビのインタビューに答え、毎日4時間の「振り返り」を行っていることを明らかにしました。紙に書いているかどうかまでは分かりませんでしたが、おそらく書いているでしょう。

 

 

 

スポーツ選手たちの例から見えてくるのは、目標を紙に書いて明確にすること以上に、それに向かって、今日をきちんと生きたか?やるべきことをやったか?反省すべきことは何か?明日の行動に取り入れることは何か?という「振り返り」を重視していることです。

 

 

 

スポーツ選手は普通のビジネスマンに比べて現役期間が短い。だから何をどうやるかをしっかり決めておかないと、目標に到達する前に旬が過ぎてしまう。ゆえに毎日をしっかり振り返り、明日に備えるということをシビアにやる必要がある。そのために「紙に書くこと」がとても有効なのだと考え、実行しているのだと思います。

 

 

 

当然これはスポーツ選手に限りません。我々ビジネス界に身を置くものであっても、毎日を振り返り、「目標に向かって行動できたか?」と反省することは、明日を充実させるためにとても重要であることに変わりはありません。

 

 

 

もしかしたら、こういうことをきっちりやるかどうかで小さな差が生まれ、それが数年後には大きな差となるのかもしれません。一流と二流の差は、「紙に書いているか、いないか」の差かもしれない、とさえ思えてきます。それくらい、紙に書くということは大事なのだと思います。

 

 

スマホか、紙か

 

 

紙に書くことの重要性について考えるとき、紙じゃなくて、スマホやパソコンに入力してもいいのか?という疑問を持つ人がいます。

 

 

 

これに関してはどちらが好きか?という問題でもあるので、個人の好みで良いと思います。

 

 

 

但し、個人的な私の好みで言えば、絶対に紙に書く方を薦めます。もちろんスマホのメモ帳に書き込んだりもしますが、アイデアをまとめたり、反省の日記を書いたりするのはもっぱら紙の上です。なぜなら紙にペンや鉛筆で書く、という行為そのものが、脳みそに刷り込んだり意を固めるのにとても役に立っていると感じるからです。

 

 

 

紙に書くことで「体に入れる」という感覚が生まれてきます。また、紙に絵や図を描くことで、イメージをビジュアル化することができます。中村俊輔選手も、ゴールのイメージを絵に描いておいたら、その通りのゴールが生まれた、と書いています。

 

 

 

野球が好きな人って、野球というゲームが好きだという面があるのと同時に、ボールをグローブで「パシーン」と受ける感触や、バットで「カキーン」と打つ感触そのものが好き、という面があると思います。

 

 

 

僕はサッカーとゴルフが好きですが、サッカーもゴルフも、ボールを蹴る感触、ボールをクラブで打つ感触そのものが好きなんです。これ、動物的な感覚というような、身体で感じる喜びなんですね。ゲーム的な面白さではなく、感覚的に、動物的に全身で感じる「気持ち良さ」なんですね。

 

 

 

紙に書くという行為もこれと同じことを感じます。ペンや鉛筆が紙に触れる感覚。自分のキャラクターが現れるような筆跡。理想とするイメージを絵や図に書いて組み立てていくワクワク感。それらそのものが心地よく、だからこそ体に入りやすくなるのだと思います。デジタルの画面上では感じられない肌感覚が、脳みそに大きな刺激を与えるのかもしれません。

 

 

 

自分の目標を紙に書き、毎日眺め、声に出して読む。そして一日の終わりに振り返り、それを紙に書きとめる。

 

 

 

ペンや鉛筆で紙に書く感触を体で感じ、体に染み込ませる。自分の気持ちの表れのような自筆を眺め、自分自身を俯瞰する。こういういわばアナログな時間をしっかりと取ることが、このデジタル化し、慌ただしく過ぎていく世の中で、自分を見失わないためにはとても重要なのだ、と最近、強く思うのです。

 

 

 

紙とペンを持って、コツコツ流で行きましょう。

 

 

~コツコツ流のオキテ その二十六~

★目標を紙に書いて、毎日眺め、振り返る

 

 

 

 

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2019/01/12

コツコツのコツ

 

 

コツコツと継続することの重要性は分かっても、それを実行しようと思うと、これがなかなか難しい。自分的に盛り上がってやり始めるものの、すぐに冷めてしまい、気が付くとやめている。いわゆる三日坊主。

 

 

 

コツコツとやり続ける人が称賛される裏には、コツコツと続けるのは意外と難しいということを、多くの人が自己の体験から身をもって感じているからなのだと思います。

 

 

 

では、どうしたら続けることができるのか?今回はこれについて考えてみたいと思います。

 

 

 

■目的を明らかにする

 

 

まず、なぜそれをやるのか?という目的をはっきりさせることはとても重要です。目的がはっきりしないまま始めると、少しでも障害にぶつかると、たちまち心が折れてやめてしまいます。

 

 

 

例えばダイエットのために毎日ジョギングする、という目標を立てたことがある人は少なくないはずです。しかし、なぜダイエットをするのか?という目的が明確でなかったり、達成への意欲が低かったりすると、雨が降ったり、寒かったり、飲みに行ったりなどの障害ですぐにやめてしまうことになります。

 

 

 

私の場合で恐縮ですが、私も週に3~4回のウォーキングとランニング(あわせて30分程度)、週1回のスイミング1キロを目標として掲げており、前者はすでに10年、後者も2年以上継続しています。この目的は、やはりセミナーなどで人前に立つ仕事をしているので、イケメンでもなくスタイルも良くない自分が、少しでも見栄えを良く見えるように、と願うからです。

 

 

 

これは仕事に直結していて、少し大げさに言えば、サボったり途中でやめてしまうと自分の仕事がうまくいかなくなり、ひいては家族の生活に影響が出る、という危機感にもつながっています。

 

 

 

目的をはっきりさせ、その達成意欲を強めるためには、この危機感をうまく利用することも大切です。性格による個人差もありますが、「楽しいこと」を得ようとする意思よりも「つらいこと」を回避しようとする意思のほうが強いと言われているので、これを活用するのです。危機感を活用すると、目的・目標に対してより強くコミットすることができます。

 

 

■席を決める

 

 

やるべきことを継続してやるためには、「それをいつやるのか?」決めておくことが重要です。「これをやったほうがいいな」と思っても、「いつやるのか?」が決まっていないと、絶対に始まりません。「いつかやる」とか「時間ができたらやる」というのは、「やらない」ことの言い訳としては最強です。

 

 

 

「何月何日のあるいは毎週〇曜日の、何時からやる」ということを決めておくことで、まずはやり始めることができます。そして毎月、あるいは毎週その時刻に決めた行動を実施していきます。これを何度か繰り返し、その時刻になったら自然と体が動くようになればしめたものです。

 

 

 

さらに続けると、その時間になってもやっていない自分に居心地の悪さを感じるようになります。ここまでくれば完全に習慣化できたと言えます。

 

 

 

このように、ある行動を同じ時間にやる癖付けをすることを「席を決める」と呼びます。自分のスケジュールの中に席を決めて、その時間になればその席について、その行動を実行する、ということです。

 

 

 

ちなみに私事で恐縮ですが、私が710週間以上継続発行している週刊メルマガ(メールマガジン)は、毎週金曜日の朝8時に配信しています。ですので、前日の木曜日の夜が「メルマガを書く席」になっています。これを710週間毎週やってきたので、もうこの席に着くのを忘れるということはありません。風邪をひこうが、お正月だろうが、旅行にいってようが、木曜日の夜は私にとって特別な時間となっています。

 

 

 

このメルマガを続けてきたことが、私の「信用」を少なからず補完してくれたことは間違いありません。内容を褒められることもありますが、それ以上に継続していることを褒められることも多いです。これをやめると信用が傷つくという危機感から、この席に着くことを710週間(13年間超)1度もサボらず、続けています。そしてこのメルマガの継続が私に自信と信用を与え、仕事において大きなプラスをもたらしてくれています。

 

 

 

■自分との約束

 

 

 他人との約束を守らないと信用を失います。仕事関係はもちろん、友人や家族との関係においても、約束を守らない人は信用されず、社会生活をうまく送ることができなくなります。ゆえに、私たちは他人との約束を極力守ろうと努力します。

 

 

 

 しかし、自分との約束はいとも簡単に破ります。「毎日、資格の勉強を1時間やろう」とか「毎朝早起きをして読書をしよう」などと決めても、簡単にこの決めごとを反故してしまいます。なぜでしょうか?

 

 

 

 それは、誰にもバレないからです。バレないから、ばっさりと約束を破るのです。人間は社会的な存在なので、反社会的な行動にはブレーキがかかります。社会における自分の立場が危うくなることを無意識に避けようとするのです。一方で、社会的に制裁を受けないことに関しては、やすやすとやってしまいます。それが自分との約束を簡単に破るという事態を引き起こしています。

 

 

 

しかし、自分との約束を破ると、自分の心は知らない間に傷つきます。「またサボってしまった」「また三日坊主だ」という思いが、小さくとも、積み重なっていき、自分にダメージを与えます。そのダメージが自分の自信を失っていきます。自分との約束を破ってばかりいると、自分に幻滅し、自分を信じられなくなり、自信を持てなくなります。

 

 

 

過信や妄信は論外ですが、人間にとって適切な自信を持つということは、仕事をするうえでも、あるいは生きていくうえでも、とても重要なことです。「自分らしくいる」ことの重要性は世界中で唱えられていますが、自分らしくいるために最も大事なことは、自分に自信を持つということです。

 

 

 

どんな小さなことでも良いのです。毎日トイレ掃除するとか、毎週1回ブログを書くとか、毎月1回、新規の見込み客と面会するとか。これを積み重ねていくと、自信がついてきます。自分はこれをやり続けているんだという自信。約束をずっと守り続けているという自信。この小さな自信が自分の思考や行動を支え、それらが私たちを成果へと導いてくれます。

 

 

■例外を認める

 

 

何かを始めたものの、どうしてもできないことはあります。「そういう時にはやらなくてもいい」というルールを決めておくことで、やめずに続けることができます。あまりに厳格に自分を縛ると、やれなかったことがストレスになり、自分の気持ちをダウンさせてしまいます。ある程度のユルさを許し、長期的に続けられるように柔軟性を持つことも大事なことです。

 

 

 

先に私は週に3~4回のウォーキングを10年以上続けていると書きましたが、当初は毎日やるつもりで始めました。しかし、仕事で遅くなることもあるし、天候がひどく荒れることもあります。あるいはもっとシンプルに気が乗らない日もあります。そういう時は「例外ルール」を適用し、やらなくて良いことにしてあります。ですから、週に2日の時もあるし、週に5日やる時もあります。平均すると週に3~4回になっています。

 

 

また、「今日はちょっとやりたくないな」と思う時でも、「とりあえず10分だけやろう」と決めて外に出るようにしています。外に出て歩き出してしまえば、結局いつもの30分のメニューをフルでこなすことができます。やりはじめさえすれば、続けられるのです。

 

 

 

心理カウンセラーで著述家の植西聡氏は、「『考える』ことと『行動する』こととの間にあまり距離を置くべきではない。恐怖や不安といった否定的な感情はこのすきまに繁殖するのである」と言っています。

 

 

 

ですから、第一歩を踏み出すことだけに集中し「とやかく考えずに少しだけでもやってみる」という姿勢でいることは、「やりたくない」という否定的な感情を排するためにで非常に重要です。

 

 

 

■自分で自分の背中を押す

 

 

さて、何かに取り組み、何かを成し遂げようとするためには、日々やるべきことをコツコツと積み上げて行かなければなりません。その時、当然ながら実行するのは自分です。誰に相談しようとも、誰から励まされようとも、最後の最後、未知の世界へ第一歩を踏み出すのは自分自身です。自分の背中は、自分で押さなければ、前に進みません。

 

 

 

友人や知り合いに励まされたり、本やセミナーによってモチベーションが高まることもあります。しかし、それらはあくまで間接的・外的なもので、直接的な内的パワーに勝るものではありません。

 

 

 

ある国のことわざで「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を呑ませることはできない」というものがあるそうです。外的なアドバイスや励ましで一定の行動への動機づけになったとしても、最後の最後、本当の行動に移すためには自分で自分の背中を押すしかありません。

 

 

 

この「自分で自分の背中を押す」という言葉は、キャシー中島さんがテレビで使っていた言葉です。キャシーさんは長女を亡くし(享年29歳)、悲しみのどん底に突き落とされました。そんなキャシーさんに対して周りの人たちは慰めたり励ましたりしてくれたそうです。しかし、「最後は、自分で自分の背中を押さなければ前に進めないのです」とキャシーさんは言います。人間が悲しみや不安の中から前に進むためには、他人からの励ましではなく、自分で自分を押す力が必要なのだということです。今、彼女はハワイアンキルトで大成功しています。その裏には、自分で自分の背中を押して前に進んで来た意思の強さがあります。

 

 

 

私の妻は、私が脱サラして資格勉強に没入し、失敗し、その後起業してから現在に至るまで、いつも応援してくれています。しかし「最後は自分だろ」ということはいつも言っています。だから、「頑張れ」とか「あなたならできる」とか表面的な励ましの言葉は一切言いません(笑)。自分の問題は自分で解決しない限り、真の解決にはならないことを知っているからです。

 

 

 

コツコツの最大のコツは、自分のことは自分でカタをつける、と肝に銘じることかもしれません。

 

 

 

~コツコツ流のオキテ その二十五~

★コツコツのコツは、自分のことは自分でカタをつけること。

 

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2018/10/08

天才崇拝の裏にある言い訳

天才ほど努力している

 

 

 

私たちは、「自分が知らないだけで、この世のどこかに、一瞬で成果をもたらすような便利なやり方があるんじゃないか」という希望(というか妄想)を持って生きています。

 

 

 

それさえあれば、毎日毎日、地道な努力を続けなくても、もっと楽に、簡単に、成果が出せるのではないか、と。

 

 

 

あなたも、何か仕事が上手くいかなかったり、思うように成果が出なかったりすると、「ああ、自分が天才だったらな」と思ったことはありませんか?もし自分が天才だったら、こんな地味で退屈なことをやらずとも、あるいは上司やお客に怒られることもなく、もっとかんたんにアッサリ高い成果を出せるんじゃないかと。そして、周囲の人から賞賛され、もっと楽に、充実した人生を送れるのではないか、と。

 

 

 

しかし、あなたも気づいている通り、努力せずにあっという間に成果が出る方法なんてありません。もし仮にそういうものがあったとしても、そうして手に入れた成果は、意外とすぐに消えてしまい、案外つまらないものであることも、実はあなたは知っています。

 

 

 

そこに達成感や人間的な成長はなく、思い描いたような充実感はないからです。もしあなたが「充実した人生」を求めているのならば、それは瞬間的に手に入ったものによってではなく、絶え間ない積み重ねの先にある「自己の成長」によってもたらされるのです。

メダリストの言葉

 

 

オリンピックでメダルを獲った選手やそのコーチ・家族などが競技後のインタビューを聞いていると、そのセリフの中に「コツコツ」という言葉が頻繁に出てくることに気が付きます。

 

 

 

「コツコツと練習をしてきて良かった」「メダルを獲った彼は、雨の日でも、風邪を引いても、コツコツ努力していた」

 

 

 

こういう言葉が、本人や関係者の口から何度も漏れるのは、そこに結果につながった真実があるからに他なりません。「才能」だけでは片づけられない、結果を出すために地味で退屈で途方もなく続いた努力の積み重ねこそが真実であり、それが「コツコツ」という言葉に凝縮されているのです。

 

 

 

彼らは、何年間もの間、毎日毎日練習を積み重ね、試合で勝とうが負けようが、とにかく目標に向かってやるべきことを繰り返してきたがゆえのメダルだ、と考えているのでしょう。マスコミやミーハーな周囲は結果だけを見て瞬間的に騒ぎ立てますが、それまでの過程にある「コツコツ」を見ない人たちに対して、本人たちはイライラしているのかもしれません。

 

 

 

イチロー選手が少年野球の子供たちに向かって日々の努力が大事だと説くのも、結果ばかりに注目して書き立て、その裏にある地味な積み重ねを報じないマスコミへの苛立ちから来ているように感じます。

 

 

天才崇拝の裏にある言い訳

 

 

私たちは、天才を崇拝する傾向があります。「あの人は天才だから、すごい成果が出せるんだ」「小さいころから、あの人は違った」などと言う。

 

 

 

そこには、「高い成果が出せるのは、彼は天才だから」という思いがあり、その裏には「だから、凡人である自分は成果は出せなくても仕方がない」という言い訳が潜んでいます。ゆえに、自分は努力しなくてもいいのだ、あるいは努力をしても仕方がないのだ、と結論付けます。天才崇拝の裏には、「凡人なのに努力をしない怠惰な自分」を正当化する自分がいます。

 

 

 

また、天才崇拝をする裏には、「汗水たらして努力するのはカッコ悪い」という暗黙の雰囲気があります。中学生や高校生のとき、勉強しているそぶりを見せないのにテストの成績が良い、というのが「一番カッコイイ奴」だと思っていませんでしたか?その逆で、勉強しているのに出来ない人が一番カッコ悪い、という雰囲気がありました。

 

 

 

努力していても出来ない人を笑ったり下に見たりする空気が、私たちの間にはありました。だから、どうせ出来ないんだったら、努力しなくても同じだし、むしろその方が潔くて、もしかしたらちょっとカッコいいんじゃないか、とさえ考える人がいます。そうやって、努力する人を笑い、努力することを放棄し、下へ下へと落ちて行ってしまう人もいます。

 

 

 

頑張っても成果が出ないと悲しくなりますが、かといってその努力がすべて無駄だというわけではありません。

 

 

 

成果の出ない努力はすぐにやめて、成果の出るやり方に時間とお金を集中させよ、というのが、自称「できる人」たちの主張ですが、今成果が出ていないからといって、この先も成果が出ないとは言えません。つまり、今やっているやり方が成果が出るものか出ないかものなのかを判断するのはとても難しく、いったいどれくらい努力を続ければ成果が出るのかは誰にも分からないのです。

 

 

 

世の中は複雑化し、同じようなモノがあふれています。ネット社会になり、情報は瞬時に世界を駆け巡ります。こういう中では、個人の努力がすぐに成果となって表れるということはむしろ稀なことです。

 

 

 

私は、成果に至るまでのプロセスもすごく重要だと思います。なぜなら、その時間も私たちは生きており、その瞬間瞬間がとても尊い時間だからです。成果を出すためにどんなプロセスを設計し、どのような熱量を持って取り組んだのかは、人生を豊かにする意味においてとても重要です。一方で、結果のことを考えすぎるとそれがブレーキになることもあります。結果を意識した途端、私たちの筋肉や脳みそは硬直し、本来のパフォーマンスが出せなくなります。

 

 

 

私ごとで恐縮ですが、私はときどきセミナー講師として商工会議所や金融機関から呼ばれることがありますが、その際、参加者にアンケート用紙を配り、セミナー受講の感想を聞くことがあります。セミナーが始まる前にそのアンケート用紙を目にすると「良い結果を出さなくちゃ」と考えはじめ、急に緊張感が高まり、脳みそや身体が硬直し始めるのを感じます。これではパフォーマンスが落ちてしまいます。ですからセミナーの時は、結果は考えず、目の前のお客様に対して、今できる最高のものを段取り通りに出すことだけに集中します。そうすることでリラックスでき、本来の自分に戻ることができます。

 

 

 

天才に生まれて、本当に何の努力もなく大きな成果を出してしまった人がいたとして、私たちの生き方と何の関係ありません。その人の才能や目の付け所などは賞賛すべきですが、だからといって私たちが自己の才能の無さを嘆き、それを理由にプロセスに取り組むことを放棄してよいことにはなりません。

 

 

 

大きな成果を出し、みんなが「天才だ」と賞賛されても、「いや、コツコツ積み重ねてきたからこそ、達成できたのだ。本当に途中であきらめなくて良かった」と言っている人の言葉に私たちは耳を傾け、同じスピリットを持って自分の目標とプロセスに取り組むその時間にこそ生きる意味があるし、本当の充実感というものが宿るのです。

 

 

 

報われない努力は無駄なのか

 

 

本屋へ行くと、本を売りたいがために、「報われない努力はするな」というような、コツコツ積み重ねている人を笑うような、プロセスを無視し、結果のみを重視するようなタイトルの本が並んでいます。つまり「儲けた奴が勝ち」主義。

 

 

 

こういうタイトルをつけると、努力したくない大勢の人を惹きつけることができます。人間はしょせん面倒くさがりなので、「努力しなくてもいい」「努力する奴はバカ」という言葉に強烈に反応します。

 

 

 

 

努力が報われるのか、それとも報われないのか、先のことは分かりません。ただ、今やるべきことをやるだけ。それを繰り返しながら改善を重ね、ベストなやり方に磨き上げ、それをまた積み重ねる。決して盲目的に頑張れと言っているのではなく、積み重ねることを軽んじてはいけない、と言いたいのです。

 

 

 

一生懸命勉強してテストを受けたがダメだった人はカッコ悪いのでしょうか。その努力は無駄だったのでしょうか。報われないのでしょうか。

 

 

 

「コツコツ流」では、努力しているそのプロセスこそ、意味があると考えます。それは必ず未来につながる。何より、そのプロセスは自分自身と対話する貴重な時間であり、魅力的な人間に成長するための必要な時間なのです。そこに私たちは気づくべきなのです。

 

 

 

人間が生きる意味は、「昨日よりもマシな人間になること」と言ったのは稲森和夫氏。つまり昨日の自分より1ミリでも成長することこそ、我々が生きる意味であり目的なのだ、と。

 

 

 

コツコツを笑う人は、生きる意味を見いだせない。

 

 

 

コツコツ、いきましょう。

 

 

~コツコツ流のオキテ その二十四~

★コツコツを笑うやつを、笑え

 

 

【11月の定例セミナー】
50回目の節目の回となるレイマック・セミナーを開催します。

今回のテーマは、
共感時代のコツコツ流仕事術

結局成果を上げている人は、コツコツと日々の改善を積み上げた人。
でも続けることって意外と難しい。

メルマガ700週間連続、会報誌発行121ケ月連続、自主開催セミナー50回のレイマック豊田が、
コツコツ続けるコツをお話するセミナーです。

第50回レイマッククラブセミナー
【テーマ】「共感の時代のコツコツ流仕事術」
【日時】2018年11月27日(火) 19時~20時45分(18時半受付開始)
【場所】ウインクあいち 1207 名古屋市中村区名駅4-4-38
【料金】5000円(税込み)レイマッククラブ会員は2000円
※友割あり(ペアで参加されますと、各お客様1000円オフ。但し初参加の方のみ
【定員】50名
【懇親会】予算別途3000円くらいです。

お申込みはこちらから↓
http://raymac.jp/20181127-2/

 

 

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2018/06/05

何者かになりたい(その2)

コツコツ流家元であり、コツコツ流ドットコムの執筆者、私豊田礼人(とよたあやと)のコツコツ流ストーリーを2回に渡ってお届けします。今回はその2。

 

 

 

 

【前回までのあらすじ】

東証一部の上場企業を辞めてまでチャレンジした資格試験(中小企業診断士)になかなか合格できず、もがき苦しむ豊田。家族を抱え、がけっぷちの状況で、果たして合格するのか、それともあきらめるのか・・・。→前回(その1)はこちらから

 

 

 

経営に困っている会社が、お金払えるの?それで食えるの?

 

アートスクール出身の妻にとって、中小企業診断士は謎の資格だった。弁護士は知っている。税理士もわかる。公認会計士もなんとなくわかる。でも中小企業診断士はわからない。だからボクが説明する。

 

 

 

ボク「経営に困っている会社を助ける仕事なんだよ」

 

 

 

妻「経営に困っている会社が、お金払えるの?それで食えるの?」

 

 

 

・・・女はいつもスルドイ。

 

 

 

「とにかく、人のためになる仕事なんだよ!」

 

 

 

こういうやりとりをしながらも、なんだかんだ応援してくれる妻のためにも、今年こそは受かりたいと思っていたのだが・・・。

 

 

 

そして、いよいよ発表当日。インターネットで発表を見た。暗黒時代から抜け出せるのか、それとももう一年頑張るのか。正直、仮に落ちていたとしても、あきらめる気持ちは毛頭なかった。だけど、そろそろ勘弁して神様!というのが本心だった。

 

 

 

クリックしてページを開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・合格していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無機質な数字の羅列の中に、見覚えのある自分の番号が目に飛び込んできた。去年までは冷たく感じた数字だけの掲示板が、今日はとても暖かく感じた。

 

 

 

 

いつまでも見ていたい気分だった。

 

 

 

その時、神風が吹いた

 

 

 

春になり、中小企業診断士として無事に登録された。夢が現実になった。しかし、問題はこれからだ。今まではいわば準備期間だ。なにしろ「食えない資格」だ。この資格でどうやって「食っていくか」の方が重大な問題である。

 

 

 

 

サラリーマンは相変わらず続けていた。仕事が終わった後や、休みの日に中小企業診断協会が行う集まりに参加したり、仲間の診断士と情報交換をしたりしていたが、独立のきっかけはなかなか訪れなかった。独立するのは、やっぱり怖い。それに自分に独立できる器量があるとはどうしても思えなかった。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、ある事柄がきっかけで、勤めていた人材サービス会社の社長と取締役をむこうにまわして大ケンカをしてしまった。

 

 

 

 

詳しくは書けないが、ボクは今でも自分がした行動を正しいと思っている。しかし当時は最悪の状況だった。それで、「これも神様がくれたきっかけだ」と思い、辞表を出した。転職する気はない。独立しか頭になかった。

 

 

 

 

人材会社で働いていて、数知れない人の履歴書を見てきた。そこで転職が上手くいく人といかない人の差は何だろうと常に考えていた。立派な大学を出て、立派な会社に勤めていても、何らかの理由で辞め、そして低いほうへ流されながら歳をとり、いつしか行き場が無くなる人がいる。かと思えば、学歴こそ低いが、生き生きと仕事をしている人もいる。この違いを生むのは、何なのだろう。他人の履歴書を見ながら、自分の人生に照らし合わせ、色々なことを考えた。

 

 

 

 

その結果、仕事人として上手くいくかいかないかは、その人に「ストーリー」があるか無いかで決まるのではないか、と思うに至った。

 

 

 

 

転職を同じ回数繰り返していても、ストーリーがきちんとある人は、次も良い職場が見つかる。ストーリーが無い人は、厳しい。自分のやりたいことが明確にあり、それに沿って行動してきた人は評価される。それが社会だ。その場しのぎで逃げてきた人は、いくら優秀でも、評価されない。ストーリーは、つまりその人の戦略だ。

 

 

 

 

ボクのストーリーは、コンサルティングの仕事がしたくて、中小企業診断士を目指した。それがきっかけで新卒で入った会社を辞めた。それで食うためにベンチャーで働きながら、資格を取得した。それなのに、「怖い」という理由で独立しないということは、ストーリーがつながらない。たとえ失敗したとしても、チャレンジしたという事実はストーリー的にはつながる。だから必ず誰かが評価してくれるはずだ。そういう確信があった。

 

 

 

 

しかし子供を生んだばかりの妻は、さすがに戸惑った。印刷会社を辞めた時のように、自分が働きに出ることもできないからだ。中小企業診断士に対する「霧」が晴れていないことも大きいのだろう。独立しても「客」のあては無い。収入がゼロになる。その恐怖に心臓が止まりそうになる。

 

 

 

 

でも、後戻りはできない。辞表は受理されていた。社長との関係も壊れてしまった。※注)後日この社長とは和解し、今でも仕事面で支援して頂いている。

 

 

 

 

サラリーマンの子供が、サラリーマンとして生き、ある日、独立する。これは本当に恐ろしいことだ。いきなり大海原に小舟で放り出されたような気持ちになる。親もサラリーマンだったから、独立して自営する身近な見本がいない。まさに未知の世界だ。

 

 

 

 

その時、神風が吹いた。

 

 

 

 

辞表を出した日の2日後に、電話が鳴った。妻が受話器をとった。

 

 

 

 

妻 「はい、豊田です。え?先生いますかって・・? あ!ちょっとお待ちください」

 

 

 

 

ボク 「誰?」

 

 

 

 

妻 「知らない。でも豊田先生いますかって言っているわよ。あなたのことじゃないの?先生なんて、笑っちゃうけど。」

 

 

 

 

売上が減ってきて困っている会社からの問い合わせだった。ボクが地道に運営していたホームページと毎週発行していたメールマガジンを見て電話をしてくれたのだ。これも、たまたま読んだ本に「独立したいのなら、ホームページを作って、メールマガジンを発行せよ」と書いてあったのを真に受けてやっていたものだ。あらためて情報発信の大切さを思い知った。

 

 

 

 

ついこの間までダメダメ受験生だった自分が、いきなり「先生」になってしまった瞬間でもあった。(先生面する気はさらさら無いけど)

 

 

 

その会社から出てきたとき、マジで飛び上がった

 

 

 

さっそくその会社に出向き、経営者からヒアリングをした。そして、夜を徹して作った企画書を持って、再び訪問した。見積書とスケジュール表もつけた。内容は、売上増加のために会社として取り組むべきことの整理整頓をメインにしたものだ。決して奇抜なアイデアではない。ただ、熱意を伝えるのみだ。

 

 

 

 

こっちは資格をとるために、8年もかけたのだ。この崖っぷちで負けるわけにはいかない。赤ん坊とローンを抱えて収入ゼロになるかも知れないギリギリのところに立っている。これほど大荷物を背負ったプレゼンは生まれて初めてだ。額から汗がダラダラ流れる。そのオーラが目の前の経営陣に通じたのか。

 

 

 

 

契約成立。年間300万円の1年契約。

 

 

 

 

「とりあえず、食える・・。」

 

 

 

 

率直な気持ちだった。

 

 

 

 

その会社から出てきた時、マジで飛び上がった。仕事中に飛び上がったのも生まれて初めてだ。カバンを放り投げてグルグル振り廻したい気分だった。「ヤッホー」とは、こういう時に使う言葉なのだ、とその時知った。

 

 

 

 

この世には、空白ができると空白を埋めようとする力が自然に働く、とカリスマコンサルタントの神田昌典さんが言っていた。まさにその体験をした。ダイヤモンドをつかむためには、今握っている小石を手放せ、ということなのかもしれない。とにかく目に見えない力が働いたとしか思えない。だって、辞表を出した2日後に仕事依頼の電話が鳴るなんて、ある意味ホラーでしょ?

 

 

 

 

試験に落ち続けていた時は、

 

 

 

 

「神様なんているわけがない」

 

 

 

 

と思っていた。

 

 

 

 

でも神様は、確かにいたのだ。

 

 

 

 

それを可能にするだけの力をつけるために日々努力する

 

 

 

契約書を取り交わし、コンサル業務が始まった。はっきり言って、ペーパードライバーのコンサルタントだ。でもやるしかない。やらなければボクは死ぬ。必死で調べ、質問し、提案した。

 

 

 

 

クライントに深く入り込むと、色々なことが見えてくる。外部の者だからこそ見えることがたくさんある。それを整理整頓して指摘する。具体的行動を一緒に考える。当然出来ることと出来ないことがある。だから出来ることをコツコツやる。一回提案しても、分かってもらえないことの方が断然多い。だからタイミングを見計らって何度も提案する。

 

 

 

 

「何となく」やっていたことをルール化し、紙に書く。日々の販売データを集計し、グラフにし、見える化する。会議を主催する。議事録を作成する。当たり前のことばかりだが、中小企業は出来ていない。やって当たり前のことをやるから、徐々に効き出す。そもそもやるべきことをやっていないのだから、やるだけで効果が出る。少しずつだが結果が出始めた。

 

 

 

 

毎日必死だった。結果がなかなか出ないときには、契約を解除されるのではないか、と胃が痛くなった。でも、独立とはそういうことだ。結果次第で仕事を失う。その緊張感の中で、やれるだけのことをやる。

 

 

 

 

本もたくさん読んだ。コンサルスキルを上げるためのセミナーにも出た。メルマガ読者を増やすために、有料広告も出した。売上を上げるために、必要なお金はどんどん使った。

 

 

 

 

そういう活動を続けるうちに、メルマガの読者も増え、ポツ、ポツと問い合わせが入るようになった。また、こういうボクの活動をみて友人が仕事を紹介してくれたり、旧知の社長からコンサル依頼が来たりして、ビジネスがまわり始めた。小学校時代の友達が地元の商工会でのセミナーの仕事を回してくれたりもした。

 

 

 

 

ロゴマーク作成サービスも好評で、何件か受注した。これは優秀なグラフィックデザイナーだった妻が担当するメニューだ。ボクが社長の思いをしっかり聴いた上でデザイン案を提案するので、100%気に入ってくれる。これは、ただ予算を消化していた印刷会社時代の反省が生きている。人生で経験することで無駄なことはないのだ。

 

 

 

 

ボクのコンサルの特徴は、社長の頭の中でぐちゃぐちゃになっている悩みや課題を一旦吐き出してもらった上で整理整頓し、財務視点もしっかり押さえた上で、販売戦略を構築し、社長・社員さんと一緒に具体的行動を考え、実行していくことである。経営数値に疎い営業畑・技術畑出身の若社長の参謀として期待されている。

 

 

 

 

目標に比べてまだまだ満足できるレベルの仕事では無いが、試験に落ち続けていた「どん底最低悶々時代」には考えられなかった状況で仕事をさせてもらっている。試験に受かることだけが目的化し、実際にコンサルの仕事をすることなど全くイメージできなかった暗黒の時代があった。しかし今は実践している自分がいる。このギャップに本当に驚く。

 

 

 

 

自分の無力さを思い知り、落ち込むこともある。しかし、名古屋で最も実力があり、最も親身で、信頼感抜群のコンサルタントを目指し、今日も頑張るのみだ。

 

 

 

 

中小企業診断士で食えるのか。この大命題の答えを探るべく、ただいま実験中だ。豊田のストーリーの結末はどうなるのか。ハッピーエンドか、それとも波乱万丈か・・

 

 

 

 

人生は思い通りにはならない。3度目の正直という言葉も、たぶん嘘だ。

 

 

 

 

でもあきらめないで粘ったときに、何かが起こる。それは神様なのか、宇宙の力なのか。

 

 

 

 

ある会社の社長が言ってくれた言葉が印象的で、今も頭に残っている。

 

 

 

 

「豊田君、君のやろうとしている仕事は大変な仕事だと思う。でもそれは、本当にいい仕事だ。だから、頑張れ」

 

 

 

 

僕を必要としている人がいる限り、必ずその人を助ける。それを可能にするだけの力をつけるために日々努力する。あきらめずに頑張りたい。

 

 

 

 

なんとかして、妻の中小企業診断士に対する「霧」をスカーッと晴らしたいし。

 

 

 

 

今、そんな気分だ。

 

コツコツ流お守りなどコツコツ流グッズ公式ショップ

2018/04/29

何者かになりたい(その1)

コツコツ流家元であり、当コツコツ流ドットコムの執筆者、私豊田礼人(とよたあやと)のコツコツ流ストーリーを2回に渡ってお届けします。今回はその1。

 

 

 

「何者かになりたい」

 

 

そんな気持ちをずっと心の奥に持っていたが、具体的に何がやりたいかが分からず、ただ漫然と「サラリーマン」として生きていた。

 

 

新卒で入った印刷会社は立派な会社だったが、仕事は退屈そのものだった。

 

 

「なんとかしなくちゃ、なんとか・・」

 

 

と入社してから毎日思い続けていた。決してオーバーではなく、本当に毎日そう思っていた。

 

 

そんなとき、「中小企業診断士」という資格に出会った。そして、「何もしないよりはマシ」くらいの気持ちで、資格取得に挑戦し始めた。

 

 

そのころから、印刷会社の仕事も徐々に面白くなってきた。大手クライアントを任され、日々忙しく過ごしていた。やり手の上司に可愛いがられ、将来を期待されていた。クライアントの「売りたい」を形にする販促物制作の仕事のコツも分かり始め、クライントからの信頼感も増していった。どんなデザインがいいのか、どんなコピーがいいのか、どんな色がいいのか、毎日そればかりを考えて、動き回る生活だった。

 

 

しかし、大企業であるクライアントは「予算を無難に消化する」ことが最大の関心事で、マーケティング的な視点は皆無だった。お客さん(ユーザー)の気持ちはほとんど無視されていた。とにかく見栄えよく間違いなく作りさえすればよい、という世界。こういう大企業の考え方に疑問を持つようになってきた。

 

 

自分に実力もついてきて、社内での発言力も増してきたが、資格をとってコンサルティングの仕事をしたいという欲求もだんだん強くなり始めていた。本当に売れるマーケティングを実践してみたい。自分の力で人生を切り開いてみたい。そんな気持ちだった。

 

 

そんなとき、30歳になっていた僕に、部長が言った。

 

 

「豊田、次はお前が課長だぞ」

 

 

正直びっくりした。ボクより年上の先輩は他に何人もいるのに、その人たちを飛び越して課長になれるというのだ。30歳で一部上場企業の課長というのは悪くない出世だ。でも、不思議なことに、まったくワクワクしなかった。むしろ、

 

 

「ヤバイ。このまま管理職になったら、ますますこの会社から抜け出せなくなるぞ。ボクは本当にこの仕事をやり続けていいのか?」

 

 

と思っていた。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。早く何かを決断しなくては、手遅れになる・・。何かを何かを・・何を?わからずまま、時だけが過ぎていく。

 

 

そうこうしているうちに、中小企業診断士の1次試験に合格した。4回目のチャレンジでやっとのことだった。最初の2回は適当に受けていたから仕方ないというものの、正直時間を掛けすぎた。が、ボクにとっては大きな出来事だった。

 

 

「今だ!」

 

 

気づいたら辞表を部長に出していた。本当に体が勝手に動いたという感じだった。妻も賛同してくれた。それが何より嬉しかった。

 

 

しかし翌日待っていたのは、部長からの嵐のような説得攻撃だった。「考え直せ」と。何度も話し合いを重ねた。でも、このきっかけを逃したら次はないような気がしていた。だから、押し切った。部長も最後はあきらめて、

 

 

「わかった。でも失敗したら、いつでも戻って来い」

 

 

と言ってくれた。素直に嬉しかった。

 

 

ボクは、道を誤ったのか?

 

 

退職したあとは、午前中は知り合いの会社で経理の手伝いをし、午後は2次試験の勉強に取りくんだ。妻は働きに出た。いつもボクを応援してくれる彼女だが、内心は不安だったろうと思う。それを感じてさらに不安になったボクは、1次試験合格をひっさげて(笑)コンサル会社の就職面接を何社か受けた。しかし結果は全部不合格だった。

 

 

「資格取ってからまた来てください」

 

 

至極当たり前の話だ。誰がこんな中途半端な男を採用するものか。

 

 

あらためて、世間の厳しさを感じた瞬間だった。自分の甘さにあきれもした。根拠のない自信が、グラグラと揺らぎ始めた。このとき、自宅に戻るバスの中で、突然背筋が寒くなった。

 

 

「ボクは、道を誤ったのか?」

 

 

まだ2次試験を受ける前であるにもかかわらず、弱気な自分が顔を出し始めた。

 

 

「本当に会社へ戻るって言ったら、部長なんて言うかな・・」

 

 

そんな後ろ向きの声を振り切り、再び勉強を続ける日々に戻った。

 

 

受かるしかない。やるしかない。受からなかったら、ボクは終わる・・。そう自分にプレッシャーをかけながら机に向かった。

 

 

10月の試験当日、無我夢中だった。そして、2ヶ月後の結果発表の日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生をかけたはずの決戦であっけなく敗れてしまった。不合格を知った日、目の前の全ての光が、消えた。

 

 

落ち込むボクを見て、妻が怒った。そして泣いた。

 

 

何のために上場企業を辞めたのだ・・・。

 

 

 

 

 

試験には失敗したが、生きていかなければならない。稼いで、食わなければいけない。

 

 

運よく、お手伝いをしていた会社の社長に誘われて、その会社に入社した。人材サービスのベンチャー企業である。そこでは「稼ぐ」ためにひたすら頑張った。結果も出し、周りからも認められた。「資格試験崩れ」の汚名を晴らすことに集中した結果だった。

 

 

でも、資格をあきらめたわけではなかった。

 

 

「何のために上場企業を辞めたのだ」

 

 

その思いが常に頭を支配していた。働きながら予備校に通い続けた。予備校内での成績も上がり、全国模擬試験では合格圏内をキープしていた。

 

 

そして秋に試験を受け、冬の結果発表の日が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・また、落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

理由は分からないが、現実は厳しいということなのか。人生は本当に思い通りにならない。神様なんていない。いるわけがない。受け入れたくないが、受け入れるしかない。認めたくないが、認めるしかない。しかし、あきらめきれず、もう1年頑張った。秋が来て、そして冬になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・またまた、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃になると、ボクの前で「資格」とか「試験」とか「合格」という言葉は禁句だった。妻には非常に気を使わせた。会社でそういう方面の話題になりかけると用もないのに席を立って、その場から逃げた。

 

 

 

ここまで頑張っても成し遂げられないこの「中小企業診断士」という資格は一体何なのか。それほど価値のあるものなのか。

 

 

 

経済産業大臣が認可するこの資格のキャッチフレーズは、

 

 

 

「経営コンサルタントの唯一の国家資格」

 

 

 

というものだ。日本版MBAと呼ぶ向きもある。言い過ぎである。が、試験内容の面白さからか、今でも根強い人気のある資格ではある。但し、法律で守られた「独占業務」があるわけではなく、資格取得後に独立開業する人はごく少数派である。つまり「食えない資格」の代表格とさえ言われるものである。

 

 

 

合格率は1次、2次とも15~20%くらい。1次試験に合格すれば、2次試験を2回(当年と翌年)受験する権利が得られる。(※)合算すると4.5%~8%くらいの合格率である。結構なものである。ボクのように何年も受からない人もいれば、1~2年で合格する人もいる。特に2次試験は論述式で正解が見えにくい種類の出題が多いので、合否の理由を結論づけにくいことが受験生を悩ます。そして泥沼化する。(※試験形式はその後変更されている)

 

 

 

コンサルティングの仕事がしたい

 

 

 

自分の夫の人生を支配しているこの「中小企業診断士」という得たいの知れないモノの正体を見極めたい、と思っていた妻は、ある日、行動に出た。

 

 

 

天気の良い平日の昼間、妻は自転車で買い物に出かけた。いつものスーパーで食料品を買った後、道端の電信柱にふと目をやると、ある看板が目に飛び込んできた。

 

 

 

税理士/中小企業診断士 ○○△△(名前)
電話番号 052-×××-××××

 

 

 

妻にしてみれば、生まれて初めて目にした世間での「中小企業診断士」という看板。実際にこの名称で商売をしている人がこの近くにいる・・。その人に会って、この資格の実態を確かめたい。そう思った妻は、その看板主の先生の事務所へアポ無しで訪問した。

 

 

 

「すいませーん!中小企業診断士って商売になるのですか?ウチの旦那が取り憑かれちゃって・・。先生!教えてください!!」

 

 

 

・・しかし、あいにくその先生は外出中で、代わりにアシスタントのオバさんが親切に対応してくれた。

 

 

 

「あら、ご主人がそんなんなっちゃって。あなた、心配なのね・・。ウチの先生はもともと税理士として仕事していたのだけれど、仕事の幅を経営コンサルティング業務にも広げたくて、中小企業診断士を取ったのよ。そう・・ご主人が・・。大変ね・・。心配よね・・。でもウチの先生、まだ中小企業診断士としての仕事を受けたことは無いみたいなのよ・・。やっぱり税理士の方が定着しているからね・・。そう、ご主人頑張っているのね・・。あなたも頑張っているのね。応援しているわよ。また来てね」

 

 

 

そう言われて、妻は帰ってきた。妻の頭の中の霧は晴れないままだった。この話を聞いた僕は、ボクのことを必死に考えてくれる妻のありがたさを知り、泣きそうになった。(※後日この話を聞いたコンサル仲間から、「奥さんのその行動力、 お前よりもコンサル向きだ!」と言われた・・)

 

 

 

そして、まだ資格は取れていないけれど、仮に取れたとしても、その後も大変そうな資格だな・・と改めて思い、暗くなったのだった。

 

 

 

そしてまた秋が来た。2次試験に限れば、5回目の秋になる。この年も予備校の成績は良かった。しかし、そんなものは全く無意味であることは、百も承知だった。まったく興味は無かった。誰も信じない。試験当日信じられるのは自分だけ。自分で何とかするしかない。

 

 

 

この数年間、一緒に勉強していた仲間は、受かるか、もしくはあきらめて消えていった。当然だが、後者の人の方が多かった。受かりもせず、辞めもせず、まだ続けているのは自分くらいだった。本当に恥ずかしい。できれば隠したい事実だ。予備校の先生は何年も受からないボクを「ハレモノ」のように扱った。そりゃ、先生だってイキの良いニューフェースを短期間で合格させた方が、評価は高まるし、自分も楽しいのだろう。しかし、一番あんた達に金払っているのはボクだぞ!ロイヤルカスタマーだぞ!!そう叫びたかった。

 

 

 

弁護士でもなく、公認会計士でもなく、税理士でもなく、中小企業診断士である。果たして、ここまでこだわる価値のある資格なのか?そう何百回も自問した。でも決まって答えは一つ、

 

 

 

「コンサルティングの仕事がしたい」

 

 

 

なぜ、コンサルティングの仕事がそこまでしたいのか?それははっきりとは分からない。単にカッコつけたいだけなのかもしれない。しかし自分の中を掘り下げて見ると、一つ気づくことがある。それはこうだ。

 

 

 

もともと涙腺が弱いボクだが、必ず涙を浮かべてしまう瞬間がある。それは、「頑張っている人」を見た時だ。老若男女問わず、今、現場で頑張っている人を見ると、何故か涙が出る。サラリーマン時代から、頑張りたいけど、頑張る方法が分からず、悶々としていた自分と重ね合わせているのかもしれない。

 

 

 

コンサル先の社長からこんな話を聞いた。その社長が車でガソリンスタンドに寄った時のこと。南米出身であろうアルバイトの男の子が、ものすごいカタコトの日本語で「マド、オフキシテ、ヨロシイデスカ」と話しかけてきた。承諾すると、日本人の店員では考えられないほどの熱心さで窓を拭いてくれる。その姿を見た社長は、感動して大泣きしたそうである。話を聞いているボクも泣いてしまった。

 

 

 

たぶん、ボクは、頑張っている人が好きなんだと思う。だから頑張っている人、頑張りたいけど頑張り方が分からない人に、アドバイスをするコンサルティングの仕事に惹かれるのだと思う。

 

 

 

でも資格を取ったからといってコンサルティングの仕事ができるわけではない。要は実力次第だ。資格なんて無くたって、コンサルティングの仕事をしている人はたくさんいる。逆に、資格を持っているだけで、活用していない人もたくさんいる。

 

 

 

でもボクはあえて資格を取りたかった。ここまできてあきらめたら、一生後悔することは目に見えていた。スッパリあきらめられるほど器用でもない。何より、自分をゴマかすのが死ぬほどイヤだったのだ。

 

 

 

試験会場の自分の席に座った。1年ぶりだ。皆なんだかんだ自分に理由をつけて辞めていった。ボクだって、座りたくて何度もこの席に座っているのでは無い。だけど、その時思った。

 

 

 

「この席まで歩いてきて、そして座らない限り、絶対に合格は、ない」

 

 

 

負け続けてきたけど、そもそもここに来なければ、勝負さえ始まらない。逃げ出さなくて良かった!と思った。家庭の事情で勉強をあきらめた人がいる中で、続けさせてくれた家族にも感謝した。

 

 

 

勝つ自信は相変わらず無かったけれど、勝つための準備はしてきた。そして、今日、ここに来た。

 

 

 

320分の死闘が始まり、そして終わった。現実の仕事に比べたら、ちっぽけな戦いかもしれない。しかし、このときの自分にとってはまさに生死をかけた戦いだった。

 

 

 

そして冬が来た。発表の日の朝、職場でパソコンを立ち上げた。インターネットで結果を調べるためだ。同僚の手前、平静を装っているが、内心は心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張している。

 

 

 

念願かなうのか、それとも、やっぱりダメなのか・・。(続く)

 

 

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2017/08/31

【受験】成長曲線は遅れてやってくる

 

 

夏になると、高3のころの大学受験勉強を思い出します。勉強だけの夏休み。思い返せば、僕のコツコツ流は、この時に始まったような気がします。

 

高校時代

 

高校は一応、進学校と呼ばれる学校でしたが、3年生になるまで、勉強するのは定期試験の前くらいで、日常的に勉強する習慣はほとんどありませんでした。成績は「中の中」という感じだったと思います。

 

 

じゃあ勉強せずに何をしていたかというと、1年生の時はサッカー部。この部は、僕がいた当時はあまり強くなかったけれど、当時の監督が恐ろしく熱心な人で、後に全国大会に何度も出場する強豪校になります。僕は1年生の頃からレギュラーになり(割とうまかったんです)、試合にも出ていました。

 

 

しかし、サッカーは大好きだったけれど、その監督がスパルタで、僕とは全然合わず、1年生の終わりごろに辞めました。すごく高圧的な人で、何か問題があるとビンタされたり、スパイクを履いた足で蹴られたりしました。今振り返ると、僕は、力ずくでねじ伏せて従わせようとする人が生理的にダメなのだなあとつくづく思います。それは今も変わっていません。でもあの頃の学校教育や部活動において体罰は当たり前で、仕方のない状況だったことも理解しています。

 

 

さて、そんなこんなでサッカー部をやめ、自由になった僕は、ギターを習いに行ったり、バンドのまねごとをしてみたりしましたが、音楽的な才能はほとんどなく、深くのめり込むこともありませんでした。で、結局、何をするわけでもなく、ぼーっと過ごす毎日。(彼女もいないし)

 

受験に突入

 

3年になると、「いよいよ受験です」。担任の先生がニコニコしながら僕たちに言いました。先生は40過ぎた位の女性で、独身。明るくて、担当の日本史を教えることを愛していて、生徒にも人気の人でした。なぜ独身なのか、と思うくらい可愛い人でもありました。

 

 

3年のクラスにはその後僕の親友となる友達もいましたが、他は何となくつまらない感じでした。4月にそのクラスに振り分けられた時、いきなり「もう、クラスの人間関係とか他人の視線とかは一切無視して、ガリ勉になろう」という思いが、天から降ってきました(笑)。1年、2年は勉強しなかったけれど、3年は勉強しよう、となぜかコミットしたんです。

 

 

サッカーもバンドも勉強も中途半端。このままだと高校時代がすごく残念なもので終わってしまうという危機感が、無意識に、僕の中にあったのかもしれません。

 

 

先生は僕たちに「1学期は、学校が終わった後、家で4時間勉強しなさい」と言いました。なぜ4時間なのか、根拠までは言わなかったけれど、僕はこれを守ろうと思いました。そして、本当に1学期は毎日4時間勉強しました。ステージ1、クリア。

 

 

そして夏休み。先生は「夏休み中は1日8時間勉強しなさい」と言いました。「嘘だろ」と思いましたが、先生はマジです。次の瞬間「やる」とコミットしました。信頼している人の言葉というのは、スンナリ体に入ってきます。そして、本当に40日間、毎日8時間勉強しました。第2ステージ、クリア。成績も少しずつ上がってきます。この時点から、僕はコツコツ積み重ねていくことの魅力にとりつかれてしまったようです。

 

成長曲線を感じる

 

コツコツ勉強する習慣が完全に身についた僕は、2学期になると、学校での勉強が終わった後、家で7時間の勉強を自分に課しました。睡眠時間は5~6時間。通学時間も休み時間も、ずーっと勉強していました。休み時間には親友と問題の出し合いです。重箱の隅をつつくようなマニアックすぎる問題を出し、それに平然と答える自分たちを、いつも大笑いしたりして、楽しみながら勉強していました。もう完全に「ゾーン」に入っている状態です。勉強したくてたまらない。

 

 

2学期の終わりごろに受けた全国模試は、志望校の合格ラインに届いていませんでした。しかし、僕の中のイメージでは、1日1日、1時間ごとに学力が上がっている感じがあり、2月の試験本番にピークが来るような感覚がありました。模試の結果というのは、模試を受けた日から1か月後とかに発表されるので、いわば過去のものです。その結果がイマイチだったとしても、今の自分は1か月前より数段成長している実感があるので、全然気にならないのです。努力曲線よりも、成長曲線は遅れてきて、最後に爆発的に伸びるイメージがありました。この図のように↓。

 

 

冬休みも中も、クリスマスとか正月とか関係なく、ただひたすらルーティンを繰り返す毎日。僕のスタイルは、とにかく何度も何度も繰り返し、頭に徹底的に叩きこむやり方。1度で覚えられないものでも10回やれば覚えられるでしょ、という感じ。とにかく暗記する詰め込み型の勉強方法ですので、試験が終わったあとはすっかり忘れてしまいます。褒められたやり方ではありませんが、その時は、「この方法でやり切れば絶対にいける」と腹を決め、集中していました。

 

 

試験の直前期はもちろん、試験日の前日まで僕は今まで通りの勉強をやり続け、その間もおそらく自分の学力は上がり続けていたと思います。ステージ3、クリア。

 

 

そして、試験。

 

 

志望大学の3つの学部を受けました。

 

 

今でも忘れませんが、最終日の最後の科目の時、僕は試験中に眠ってしまうという信じられない体験をしました。おそらく1分くらい。疲れがピークに来ていたのだと思います。すぐに起きましたが、「試験中に寝るバカがいるか」と少し笑ってしまいました。気を取り直して、問題に向かい、無事すべてをやり終えました。

 

 

試験会場から外に出ると、一面に雪が積もっていました。それを見ながら、僕は「全て受かった」と確信しました。それくらい自信がありました。「やり切った感」を全身で感じ、とてもいい気分でした。そして、本当に全部合格していました。ミッション完了。コンプリート。

 

コツコツ流の重要性を体験した

 

僕が目指し、そして入学した大学は南山大学という私大です。中部地区では名を知られていますが、全国的にはほぼ無名の大学です(同窓の諸先輩方、後輩、関係者の皆様、すみません)。そんな大学に受かったからといってどうなんだ?という話なのですが、当時の僕からすれば、これは自分なりに本当に大きな目標だったし、絶対に成し遂げたい魅力的な目標でもありました。この大学に入れば、輝かしい未来と楽しい大学生活があるように思えたのです(現実はやや違いましたが)。

 

 

世間的に見れば小さなことです。大学も無名です。でも僕としては、この成功体験は後の自分を支える重要な根拠となりました。社会的な評価ではなく、自分が誇りと思える経験をしたという事実が大切な宝物になりました。

 

 

この僕の達成を支えたのは紛れもなくコツコツ流です。

 

 

自分が達成したい目標を明確にし、コミットし、あとはひたすらシンプルなことをコツコツと積み重ねる。

 

 

①達成したい目標、②コミット、③コツコツの積み重ね。この3つ。

 

 

このことの重要性を、僕は受験を通して学んだのだと思います。この学びは僕の財産となり、その後にチャレンジする資格試験や、起業してからの苦しい時期を乗り越えるための力となりました。

 

 

夏になると、勉強だけの、あの夏休みを思い出すのです。

 

 

~コツコツ流のオキテ その十五~

目標、コミット、積み重ね。

 

 

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2017/08/09

【重要】コツコツ流は、嘘つかない

 

コツコツ流のマニフェスト

 

 

コツコツ流は、自分ができる小さな努力を積み重ね、少しずつゴールを目指すやり方です。

 

 

ビジネスマンであれば仕事のやり方、

学生であれば、勉強やスポーツのやり方、

芸術に携わっている人であれば、創作のやり方です。

そして時には、生き方でもあります。

 

 

私たちは、あっという間に高い目標を達成する人に憧れを持ちます。

そういう人は天才と呼ばれ、そして悲しいことに、僕たちは天才を崇拝しています。

世間は天才のやり方に関心を持ち、コツコツと努力している人のやり方にあまり関心をもちません。

 

 

誰しも自分は特別だと思いたい。だから何がしかの才能によって、軽々と、颯爽と、スマートに、大きな成果を達成することを望む。それがカッコいいと思う。それに憧れてしまう。

例えば、勉強していないように見せて、テストで高得点をとってしまう人とかに。

 

 

テレビやネットを見ていると、短期間で成功した人が溢れているように見える。

しかし現実は違う。天才のように見える人は外からはそう見えるだけで、裏では相当な努力を積み重ねている。この事実を知らなければならない。

 

 

コツコツ流は、一攫千金を望みつつ、そのやり方では目標に辿り着けなかった人たちが戻ってくる場所でもあります。

 

 

コツコツやりなさい。ひたすら積み重ねなさい。

 

 

若い人から見れば、地味で退屈でカッコ悪いかもしれない。

でも大人になったとき、きっとコツコツ流のカッコよさに気づくでしょう。そういう大人の生き方に共鳴するでしょう。

 

 

あなたのまわりにいる、成果を出している人に聞いてみてください。

成功するためにはどうしたらいいか?と。

その人が大人であればあるほど、きっとこう言うでしょう。

 

 

「コツコツやりなさい。正しいと思ったことを、繰り返しやりなさい」

 

 

世の中には(特にSNSの中には)、

「見せかけの輝き」や「みにくい虚栄心」が溢れています。

 

 

しかし、あなたには関係ない。もっと自分を見つめ、自分を知り、自分ができることをやらなければいけない。

 

 

コツコツ流によって、才能は磨かれて輝きを増し、コツコツ流によって周りからの信用が得られます。

才能と信用は、積み重ねによって育てられ、僕たちをゴールに近づけてくれます。

 

 

才能の輝きも、周りからの信用も、一朝一夕には得られません。それを実はあなたが一番よく知っているはず。自分を信じ、自分ができるほんの少しの頑張りを積み重ねなければならない。

 

 

コツコツ流は嘘をつかない。コツコツ流は裏切らない。

 

 

コツコツ流が、あなたに自信を与え、あなたを目標地点まで連れて行ってくれます。

 

 

コツコツ流家元 豊田礼人

 

 

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