「コツコツ」が才能を磨き、「コツコツ」が達成をもたらす。

2018/04/29

カメ 2765

何者かになりたい(その1)

コツコツ流家元であり、当コツコツ流ドットコムの執筆者、私豊田礼人(とよたあやと)のコツコツ流ストーリーを2回に渡ってお届けします。今回はその1。

 

 

 

「何者かになりたい」

 

 

そんな気持ちをずっと心の奥に持っていたが、具体的に何がやりたいかが分からず、ただ漫然と「サラリーマン」として生きていた。

 

 

新卒で入った印刷会社は立派な会社だったが、仕事は退屈そのものだった。

 

 

「なんとかしなくちゃ、なんとか・・」

 

 

と入社してから毎日思い続けていた。決してオーバーではなく、本当に毎日そう思っていた。

 

 

そんなとき、「中小企業診断士」という資格に出会った。そして、「何もしないよりはマシ」くらいの気持ちで、資格取得に挑戦し始めた。

 

 

そのころから、印刷会社の仕事も徐々に面白くなってきた。大手クライアントを任され、日々忙しく過ごしていた。やり手の上司に可愛いがられ、将来を期待されていた。クライアントの「売りたい」を形にする販促物制作の仕事のコツも分かり始め、クライントからの信頼感も増していった。どんなデザインがいいのか、どんなコピーがいいのか、どんな色がいいのか、毎日そればかりを考えて、動き回る生活だった。

 

 

しかし、大企業であるクライアントは「予算を無難に消化する」ことが最大の関心事で、マーケティング的な視点は皆無だった。お客さん(ユーザー)の気持ちはほとんど無視されていた。とにかく見栄えよく間違いなく作りさえすればよい、という世界。こういう大企業の考え方に疑問を持つようになってきた。

 

 

自分に実力もついてきて、社内での発言力も増してきたが、資格をとってコンサルティングの仕事をしたいという欲求もだんだん強くなり始めていた。本当に売れるマーケティングを実践してみたい。自分の力で人生を切り開いてみたい。そんな気持ちだった。

 

 

そんなとき、30歳になっていた僕に、部長が言った。

 

 

「豊田、次はお前が課長だぞ」

 

 

正直びっくりした。ボクより年上の先輩は他に何人もいるのに、その人たちを飛び越して課長になれるというのだ。30歳で一部上場企業の課長というのは悪くない出世だ。でも、不思議なことに、まったくワクワクしなかった。むしろ、

 

 

「ヤバイ。このまま管理職になったら、ますますこの会社から抜け出せなくなるぞ。ボクは本当にこの仕事をやり続けていいのか?」

 

 

と思っていた。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。早く何かを決断しなくては、手遅れになる・・。何かを何かを・・何を?わからずまま、時だけが過ぎていく。

 

 

そうこうしているうちに、中小企業診断士の1次試験に合格した。4回目のチャレンジでやっとのことだった。最初の2回は適当に受けていたから仕方ないというものの、正直時間を掛けすぎた。が、ボクにとっては大きな出来事だった。

 

 

「今だ!」

 

 

気づいたら辞表を部長に出していた。本当に体が勝手に動いたという感じだった。妻も賛同してくれた。それが何より嬉しかった。

 

 

しかし翌日待っていたのは、部長からの嵐のような説得攻撃だった。「考え直せ」と。何度も話し合いを重ねた。でも、このきっかけを逃したら次はないような気がしていた。だから、押し切った。部長も最後はあきらめて、

 

 

「わかった。でも失敗したら、いつでも戻って来い」

 

 

と言ってくれた。素直に嬉しかった。

 

 

ボクは、道を誤ったのか?

 

 

退職したあとは、午前中は知り合いの会社で経理の手伝いをし、午後は2次試験の勉強に取りくんだ。妻は働きに出た。いつもボクを応援してくれる彼女だが、内心は不安だったろうと思う。それを感じてさらに不安になったボクは、1次試験合格をひっさげて(笑)コンサル会社の就職面接を何社か受けた。しかし結果は全部不合格だった。

 

 

「資格取ってからまた来てください」

 

 

至極当たり前の話だ。誰がこんな中途半端な男を採用するものか。

 

 

あらためて、世間の厳しさを感じた瞬間だった。自分の甘さにあきれもした。根拠のない自信が、グラグラと揺らぎ始めた。このとき、自宅に戻るバスの中で、突然背筋が寒くなった。

 

 

「ボクは、道を誤ったのか?」

 

 

まだ2次試験を受ける前であるにもかかわらず、弱気な自分が顔を出し始めた。

 

 

「本当に会社へ戻るって言ったら、部長なんて言うかな・・」

 

 

そんな後ろ向きの声を振り切り、再び勉強を続ける日々に戻った。

 

 

受かるしかない。やるしかない。受からなかったら、ボクは終わる・・。そう自分にプレッシャーをかけながら机に向かった。

 

 

10月の試験当日、無我夢中だった。そして、2ヶ月後の結果発表の日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生をかけたはずの決戦であっけなく敗れてしまった。不合格を知った日、目の前の全ての光が、消えた。

 

 

落ち込むボクを見て、妻が怒った。そして泣いた。

 

 

何のために上場企業を辞めたのだ・・・。

 

 

 

 

 

試験には失敗したが、生きていかなければならない。稼いで、食わなければいけない。

 

 

運よく、お手伝いをしていた会社の社長に誘われて、その会社に入社した。人材サービスのベンチャー企業である。そこでは「稼ぐ」ためにひたすら頑張った。結果も出し、周りからも認められた。「資格試験崩れ」の汚名を晴らすことに集中した結果だった。

 

 

でも、資格をあきらめたわけではなかった。

 

 

「何のために上場企業を辞めたのだ」

 

 

その思いが常に頭を支配していた。働きながら予備校に通い続けた。予備校内での成績も上がり、全国模擬試験では合格圏内をキープしていた。

 

 

そして秋に試験を受け、冬の結果発表の日が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・また、落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

理由は分からないが、現実は厳しいということなのか。人生は本当に思い通りにならない。神様なんていない。いるわけがない。受け入れたくないが、受け入れるしかない。認めたくないが、認めるしかない。しかし、あきらめきれず、もう1年頑張った。秋が来て、そして冬になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・またまた、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃になると、ボクの前で「資格」とか「試験」とか「合格」という言葉は禁句だった。妻には非常に気を使わせた。会社でそういう方面の話題になりかけると用もないのに席を立って、その場から逃げた。

 

 

 

ここまで頑張っても成し遂げられないこの「中小企業診断士」という資格は一体何なのか。それほど価値のあるものなのか。

 

 

 

経済産業大臣が認可するこの資格のキャッチフレーズは、

 

 

 

「経営コンサルタントの唯一の国家資格」

 

 

 

というものだ。日本版MBAと呼ぶ向きもある。言い過ぎである。が、試験内容の面白さからか、今でも根強い人気のある資格ではある。但し、法律で守られた「独占業務」があるわけではなく、資格取得後に独立開業する人はごく少数派である。つまり「食えない資格」の代表格とさえ言われるものである。

 

 

 

合格率は1次、2次とも15~20%くらい。1次試験に合格すれば、2次試験を2回(当年と翌年)受験する権利が得られる。(※)合算すると4.5%~8%くらいの合格率である。結構なものである。ボクのように何年も受からない人もいれば、1~2年で合格する人もいる。特に2次試験は論述式で正解が見えにくい種類の出題が多いので、合否の理由を結論づけにくいことが受験生を悩ます。そして泥沼化する。(※試験形式はその後変更されている)

 

 

 

コンサルティングの仕事がしたい

 

 

 

自分の夫の人生を支配しているこの「中小企業診断士」という得たいの知れないモノの正体を見極めたい、と思っていた妻は、ある日、行動に出た。

 

 

 

天気の良い平日の昼間、妻は自転車で買い物に出かけた。いつものスーパーで食料品を買った後、道端の電信柱にふと目をやると、ある看板が目に飛び込んできた。

 

 

 

税理士/中小企業診断士 ○○△△(名前)
電話番号 052-×××-××××

 

 

 

妻にしてみれば、生まれて初めて目にした世間での「中小企業診断士」という看板。実際にこの名称で商売をしている人がこの近くにいる・・。その人に会って、この資格の実態を確かめたい。そう思った妻は、その看板主の先生の事務所へアポ無しで訪問した。

 

 

 

「すいませーん!中小企業診断士って商売になるのですか?ウチの旦那が取り憑かれちゃって・・。先生!教えてください!!」

 

 

 

・・しかし、あいにくその先生は外出中で、代わりにアシスタントのオバさんが親切に対応してくれた。

 

 

 

「あら、ご主人がそんなんなっちゃって。あなた、心配なのね・・。ウチの先生はもともと税理士として仕事していたのだけれど、仕事の幅を経営コンサルティング業務にも広げたくて、中小企業診断士を取ったのよ。そう・・ご主人が・・。大変ね・・。心配よね・・。でもウチの先生、まだ中小企業診断士としての仕事を受けたことは無いみたいなのよ・・。やっぱり税理士の方が定着しているからね・・。そう、ご主人頑張っているのね・・。あなたも頑張っているのね。応援しているわよ。また来てね」

 

 

 

そう言われて、妻は帰ってきた。妻の頭の中の霧は晴れないままだった。この話を聞いた僕は、ボクのことを必死に考えてくれる妻のありがたさを知り、泣きそうになった。(※後日この話を聞いたコンサル仲間から、「奥さんのその行動力、 お前よりもコンサル向きだ!」と言われた・・)

 

 

 

そして、まだ資格は取れていないけれど、仮に取れたとしても、その後も大変そうな資格だな・・と改めて思い、暗くなったのだった。

 

 

 

そしてまた秋が来た。2次試験に限れば、5回目の秋になる。この年も予備校の成績は良かった。しかし、そんなものは全く無意味であることは、百も承知だった。まったく興味は無かった。誰も信じない。試験当日信じられるのは自分だけ。自分で何とかするしかない。

 

 

 

この数年間、一緒に勉強していた仲間は、受かるか、もしくはあきらめて消えていった。当然だが、後者の人の方が多かった。受かりもせず、辞めもせず、まだ続けているのは自分くらいだった。本当に恥ずかしい。できれば隠したい事実だ。予備校の先生は何年も受からないボクを「ハレモノ」のように扱った。そりゃ、先生だってイキの良いニューフェースを短期間で合格させた方が、評価は高まるし、自分も楽しいのだろう。しかし、一番あんた達に金払っているのはボクだぞ!ロイヤルカスタマーだぞ!!そう叫びたかった。

 

 

 

弁護士でもなく、公認会計士でもなく、税理士でもなく、中小企業診断士である。果たして、ここまでこだわる価値のある資格なのか?そう何百回も自問した。でも決まって答えは一つ、

 

 

 

「コンサルティングの仕事がしたい」

 

 

 

なぜ、コンサルティングの仕事がそこまでしたいのか?それははっきりとは分からない。単にカッコつけたいだけなのかもしれない。しかし自分の中を掘り下げて見ると、一つ気づくことがある。それはこうだ。

 

 

 

もともと涙腺が弱いボクだが、必ず涙を浮かべてしまう瞬間がある。それは、「頑張っている人」を見た時だ。老若男女問わず、今、現場で頑張っている人を見ると、何故か涙が出る。サラリーマン時代から、頑張りたいけど、頑張る方法が分からず、悶々としていた自分と重ね合わせているのかもしれない。

 

 

 

コンサル先の社長からこんな話を聞いた。その社長が車でガソリンスタンドに寄った時のこと。南米出身であろうアルバイトの男の子が、ものすごいカタコトの日本語で「マド、オフキシテ、ヨロシイデスカ」と話しかけてきた。承諾すると、日本人の店員では考えられないほどの熱心さで窓を拭いてくれる。その姿を見た社長は、感動して大泣きしたそうである。話を聞いているボクも泣いてしまった。

 

 

 

たぶん、ボクは、頑張っている人が好きなんだと思う。だから頑張っている人、頑張りたいけど頑張り方が分からない人に、アドバイスをするコンサルティングの仕事に惹かれるのだと思う。

 

 

 

でも資格を取ったからといってコンサルティングの仕事ができるわけではない。要は実力次第だ。資格なんて無くたって、コンサルティングの仕事をしている人はたくさんいる。逆に、資格を持っているだけで、活用していない人もたくさんいる。

 

 

 

でもボクはあえて資格を取りたかった。ここまできてあきらめたら、一生後悔することは目に見えていた。スッパリあきらめられるほど器用でもない。何より、自分をゴマかすのが死ぬほどイヤだったのだ。

 

 

 

試験会場の自分の席に座った。1年ぶりだ。皆なんだかんだ自分に理由をつけて辞めていった。ボクだって、座りたくて何度もこの席に座っているのでは無い。だけど、その時思った。

 

 

 

「この席まで歩いてきて、そして座らない限り、絶対に合格は、ない」

 

 

 

負け続けてきたけど、そもそもここに来なければ、勝負さえ始まらない。逃げ出さなくて良かった!と思った。家庭の事情で勉強をあきらめた人がいる中で、続けさせてくれた家族にも感謝した。

 

 

 

勝つ自信は相変わらず無かったけれど、勝つための準備はしてきた。そして、今日、ここに来た。

 

 

 

320分の死闘が始まり、そして終わった。現実の仕事に比べたら、ちっぽけな戦いかもしれない。しかし、このときの自分にとってはまさに生死をかけた戦いだった。

 

 

 

そして冬が来た。発表の日の朝、職場でパソコンを立ち上げた。インターネットで結果を調べるためだ。同僚の手前、平静を装っているが、内心は心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張している。

 

 

 

念願かなうのか、それとも、やっぱりダメなのか・・。(続く)

 

 

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