「コツコツ」が才能を磨き、「コツコツ」が達成をもたらす。

2019/12/25

カメ 723

【将棋】泣虫しょったんに学ぶ挫折の乗り越え方

コツコツ流は、続けることで才能を磨き、さらに続けることで目標が達成できるということを目指すライフスタイルです。


コツコツと続けることの重要性はみなわかっていますが、続けることは簡単ではありません。じゃあどうすれば?途中で投げ出さないための一つのヒントは「好きなこと、楽しいことをする」、ということです。


一旦挫折からのV字復活


将棋の棋士、瀬川晶司(せがわしょうじ)六段は、コツコツ流で目標を達成した1人です。瀬川氏は小さいかろから将棋が好きで、中学3年生のとき中学生選抜大会で優勝。そこからプロ棋士を目指してプロ養成機関の「奨励会」に入会します。22歳で三段に昇るものの、その後低迷し、26歳の時に年齢制限規定により奨励会を強制退会。事実上、プロへの道は閉ざされます。


しかし、アマチュアとして将棋を再開した瀬川氏は、アマ名人戦で優勝するなどアマチュアの強豪として成績を残し始めます。この快進撃を機にアマチュアからプロへの編入の道筋が用意され、瀬川さんは見事に突破。奨励会を退会した棋士がプロになった初の例となりました。


藤井聡太さんのように若くして華々しく活躍する棋士がいる一方で、瀬川氏のように泥臭く這い上がってくる棋士もいる。プロの世界はやはり厳しいし、それぞれの人にそれぞれの生きざまやストーリーがあるんだな、と改めて思い知りました。


瀬川氏のストーリーは「泣き虫しょったんの奇跡」として本人による自伝としてまとめられました。のちに松田龍平の主演で映画化もされました。


私は書籍でこのストーリーを読みました。瀬川氏のストーリーから受け取った最も大きなメッセージは、月並みですが「コツコツ続けると必ず道は拓ける」ということです。藤井聡太さんや羽生善治さんのような天才型の人たちとは違い、挫折し、地を這うような人生を過ごしたあげく、それでも初心を貫いて続けた結果、大きな壁を突破した瀬川氏の生き様からは、あらためて続けることの大切さを示唆されます。


瀬川氏から学ぶ3つのポイント



瀬川氏のストーリーから学ぶポイントをいくつかあげてみます。


1.「認める」ことの大切さ

瀬川さんは小学生のころ、勉強も運動もできない目立たない子供でしたが、苅間澤(かりまさわ)先生という女の先生に出会い、背中を押され、将棋の世界にのめり込みます。生まれて初めて人に認められたと感じた瀬川少年は、自分に自信を持つようになり、クラスでも活発に行動するようになり、大きく成長していきます。先生からの「承認」が瀬川少年の中に眠っていた力を呼び起こしたのです。


この先生が、後々、瀬川氏がプロ編入試験に挑む際にも、手紙によって大人になった瀬川氏を励まします。何年たっても生徒のことを忘れず応援し続ける先生の温かさに胸を打たれます。


瀬川氏の父親も息子を認め、支えます。「26歳までに四段に上がる(=プロ棋士になる)」という壁を越えられず、プロへの道を断たれた瀬川氏に対し、兄たちは「さっさと切り替えて、社会に働きに出ろ」と叱責します。



しかし父親は「お前は頑張った。とにかく今は休め」と瀬川氏を優しく包みます。この父親の温かい「承認」により瀬川氏は自分を取り戻し、のちにプロ編入試験の突破という快挙を成し遂げます。


2.ライバルの大切さ

瀬川氏には小学生の頃から将棋のライバルがいました。向かいに住む健弥君です。瀬川少年と健弥君は毎日のようにどちらかの家で対局し、ともに将棋教室に通いながら競い合います。

「お互いに高めあう存在」と言えば美しいですが、自分が勝てばうれしいが、相手が勝つと死ぬほど悔しい。大会に出ても、自分が優勝することよりも、とにかく健弥君よりも上位にいくこと、上位に行けない場合は、健弥君が優勝しないことを願う、という「行き過ぎたライバル心」をむき出しにして切磋琢磨します。


こうしてライバルとともに将棋の道を突き進む瀬川氏ですが、奨励会に入会後、プロになる途中で挫折します。26歳の期限がくるまでの数年間、「まだ大丈夫だ」と余裕をかまし、将棋仲間と遊んでしまったあげく結局時間切れを迎えてしまいます。そして「頑張らないといけないのに頑張り切れなかった自分」を悔やみます。


後から振り返った時、瀬川氏は思います。もし、健弥君も一緒にプロを目指していたら、自分は健弥君に勝ちたい一心で、サボることなく将棋に集中したのではないか、と。そう、健弥君はプロを目指さず、一般の会社員として生きる道を選んでいたのです。ライバルは時に憎いけれど、自分の目標を達成するためには、とても重要なファクターになるのだ、という学びがここにあります。


3.続けること、楽しむこと。

瀬川氏の「プロ棋士になる」という目標は、挫折してもあきらめずに将棋を続けたことによって達成されました。あきらめなければ夢は叶う、ということを自ら証明して見せたのです。そして、あきらめずに続けられたのは、瀬川氏が将棋を大好きだったからに他なりません。


26歳までに四段に上がれず、プロの養成機関である奨励会を退会させられた人は、二通りのタイプに分けられるそうです。ひとつは、もう二度と将棋はやらないと決め、アマチュアとしての活動も一切せず、将棋を捨てるタイプ。もうひとつは、将棋が好きで離れられず、アマチュアとして楽しみながら将棋を指し続けるタイプです。瀬川氏は後者でした。


アマチュアとして活動し始めた瀬川氏は、時々めぐってくるプロとの対戦機会にことごとく勝ち、世間を賑わせます。そして仲間の協力もあって日本将棋連盟をも動かし、プロ編入試験という機会を作ってもらうことになります。そしてその試験を突破し、晴れてプロの棋士となったのです。


なぜ四段になれず挫折した男がそこまで強くなったのか?


それは、アマに戻ってからの瀬川氏は、楽しんで将棋を指したからではないか、と思います。奨励会にいたころは強いストレスにさらされ、楽しむどころではなかった。しかし退会後は、アマチュアとして将棋を指すことがすごく楽しいと感じた。やっぱり将棋って面白い。やっぱり将棋って楽しい。こう思いながら、楽しんで将棋に関わることで、本来の能力が発揮されたのではないでしょうか。


2018年、スマイリングシンデレラと呼ばれたゴルフの渋野日向子さんが全英女子オープンで勝ったのも、笑顔で楽しみながらプレーしたことで、本来のパフォーマンスが発揮されたのだと分析されています。瀬川氏もまさに同じ状況だったのではないでしょうか。


以上のように瀬川氏の半生から、認めることの大切さ、ライバルの大切さ、楽しむことの大切さ、そして何より、コツコツと続けることの大切さを学びました。


仕事や人生において、たくさんのヒントを与えてくれたしょったんこと瀬川晶司さんにお礼を言いたいと思います。



素敵なストーリーを本当にありがとうございました。



~コツコツ流のオキテ その二十七~

★あきらめずに続ければ、何かが起こる

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