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2018/06/05

何者かになりたい(その2)

コツコツ流家元であり、コツコツ流ドットコムの執筆者、私豊田礼人(とよたあやと)のコツコツ流ストーリーを2回に渡ってお届けします。今回はその2。

 

 

 

 

【前回までのあらすじ】

東証一部の上場企業を辞めてまでチャレンジした資格試験(中小企業診断士)になかなか合格できず、もがき苦しむ豊田。家族を抱え、がけっぷちの状況で、果たして合格するのか、それともあきらめるのか・・・。→前回(その1)はこちらから

 

 

 

経営に困っている会社が、お金払えるの?それで食えるの?

 

アートスクール出身の妻にとって、中小企業診断士は謎の資格だった。弁護士は知っている。税理士もわかる。公認会計士もなんとなくわかる。でも中小企業診断士はわからない。だからボクが説明する。

 

 

 

ボク「経営に困っている会社を助ける仕事なんだよ」

 

 

 

妻「経営に困っている会社が、お金払えるの?それで食えるの?」

 

 

 

・・・女はいつもスルドイ。

 

 

 

「とにかく、人のためになる仕事なんだよ!」

 

 

 

こういうやりとりをしながらも、なんだかんだ応援してくれる妻のためにも、今年こそは受かりたいと思っていたのだが・・・。

 

 

 

そして、いよいよ発表当日。インターネットで発表を見た。暗黒時代から抜け出せるのか、それとももう一年頑張るのか。正直、仮に落ちていたとしても、あきらめる気持ちは毛頭なかった。だけど、そろそろ勘弁して神様!というのが本心だった。

 

 

 

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・・・合格していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無機質な数字の羅列の中に、見覚えのある自分の番号が目に飛び込んできた。去年までは冷たく感じた数字だけの掲示板が、今日はとても暖かく感じた。

 

 

 

 

いつまでも見ていたい気分だった。

 

 

 

その時、神風が吹いた

 

 

 

春になり、中小企業診断士として無事に登録された。夢が現実になった。しかし、問題はこれからだ。今まではいわば準備期間だ。なにしろ「食えない資格」だ。この資格でどうやって「食っていくか」の方が重大な問題である。

 

 

 

 

サラリーマンは相変わらず続けていた。仕事が終わった後や、休みの日に中小企業診断協会が行う集まりに参加したり、仲間の診断士と情報交換をしたりしていたが、独立のきっかけはなかなか訪れなかった。独立するのは、やっぱり怖い。それに自分に独立できる器量があるとはどうしても思えなかった。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、ある事柄がきっかけで、勤めていた人材サービス会社の社長と取締役をむこうにまわして大ケンカをしてしまった。

 

 

 

 

詳しくは書けないが、ボクは今でも自分がした行動を正しいと思っている。しかし当時は最悪の状況だった。それで、「これも神様がくれたきっかけだ」と思い、辞表を出した。転職する気はない。独立しか頭になかった。

 

 

 

 

人材会社で働いていて、数知れない人の履歴書を見てきた。そこで転職が上手くいく人といかない人の差は何だろうと常に考えていた。立派な大学を出て、立派な会社に勤めていても、何らかの理由で辞め、そして低いほうへ流されながら歳をとり、いつしか行き場が無くなる人がいる。かと思えば、学歴こそ低いが、生き生きと仕事をしている人もいる。この違いを生むのは、何なのだろう。他人の履歴書を見ながら、自分の人生に照らし合わせ、色々なことを考えた。

 

 

 

 

その結果、仕事人として上手くいくかいかないかは、その人に「ストーリー」があるか無いかで決まるのではないか、と思うに至った。

 

 

 

 

転職を同じ回数繰り返していても、ストーリーがきちんとある人は、次も良い職場が見つかる。ストーリーが無い人は、厳しい。自分のやりたいことが明確にあり、それに沿って行動してきた人は評価される。それが社会だ。その場しのぎで逃げてきた人は、いくら優秀でも、評価されない。ストーリーは、つまりその人の戦略だ。

 

 

 

 

ボクのストーリーは、コンサルティングの仕事がしたくて、中小企業診断士を目指した。それがきっかけで新卒で入った会社を辞めた。それで食うためにベンチャーで働きながら、資格を取得した。それなのに、「怖い」という理由で独立しないということは、ストーリーがつながらない。たとえ失敗したとしても、チャレンジしたという事実はストーリー的にはつながる。だから必ず誰かが評価してくれるはずだ。そういう確信があった。

 

 

 

 

しかし子供を生んだばかりの妻は、さすがに戸惑った。印刷会社を辞めた時のように、自分が働きに出ることもできないからだ。中小企業診断士に対する「霧」が晴れていないことも大きいのだろう。独立しても「客」のあては無い。収入がゼロになる。その恐怖に心臓が止まりそうになる。

 

 

 

 

でも、後戻りはできない。辞表は受理されていた。社長との関係も壊れてしまった。※注)後日この社長とは和解し、今でも仕事面で支援して頂いている。

 

 

 

 

サラリーマンの子供が、サラリーマンとして生き、ある日、独立する。これは本当に恐ろしいことだ。いきなり大海原に小舟で放り出されたような気持ちになる。親もサラリーマンだったから、独立して自営する身近な見本がいない。まさに未知の世界だ。

 

 

 

 

その時、神風が吹いた。

 

 

 

 

辞表を出した日の2日後に、電話が鳴った。妻が受話器をとった。

 

 

 

 

妻 「はい、豊田です。え?先生いますかって・・? あ!ちょっとお待ちください」

 

 

 

 

ボク 「誰?」

 

 

 

 

妻 「知らない。でも豊田先生いますかって言っているわよ。あなたのことじゃないの?先生なんて、笑っちゃうけど。」

 

 

 

 

売上が減ってきて困っている会社からの問い合わせだった。ボクが地道に運営していたホームページと毎週発行していたメールマガジンを見て電話をしてくれたのだ。これも、たまたま読んだ本に「独立したいのなら、ホームページを作って、メールマガジンを発行せよ」と書いてあったのを真に受けてやっていたものだ。あらためて情報発信の大切さを思い知った。

 

 

 

 

ついこの間までダメダメ受験生だった自分が、いきなり「先生」になってしまった瞬間でもあった。(先生面する気はさらさら無いけど)

 

 

 

その会社から出てきたとき、マジで飛び上がった

 

 

 

さっそくその会社に出向き、経営者からヒアリングをした。そして、夜を徹して作った企画書を持って、再び訪問した。見積書とスケジュール表もつけた。内容は、売上増加のために会社として取り組むべきことの整理整頓をメインにしたものだ。決して奇抜なアイデアではない。ただ、熱意を伝えるのみだ。

 

 

 

 

こっちは資格をとるために、8年もかけたのだ。この崖っぷちで負けるわけにはいかない。赤ん坊とローンを抱えて収入ゼロになるかも知れないギリギリのところに立っている。これほど大荷物を背負ったプレゼンは生まれて初めてだ。額から汗がダラダラ流れる。そのオーラが目の前の経営陣に通じたのか。

 

 

 

 

契約成立。年間300万円の1年契約。

 

 

 

 

「とりあえず、食える・・。」

 

 

 

 

率直な気持ちだった。

 

 

 

 

その会社から出てきた時、マジで飛び上がった。仕事中に飛び上がったのも生まれて初めてだ。カバンを放り投げてグルグル振り廻したい気分だった。「ヤッホー」とは、こういう時に使う言葉なのだ、とその時知った。

 

 

 

 

この世には、空白ができると空白を埋めようとする力が自然に働く、とカリスマコンサルタントの神田昌典さんが言っていた。まさにその体験をした。ダイヤモンドをつかむためには、今握っている小石を手放せ、ということなのかもしれない。とにかく目に見えない力が働いたとしか思えない。だって、辞表を出した2日後に仕事依頼の電話が鳴るなんて、ある意味ホラーでしょ?

 

 

 

 

試験に落ち続けていた時は、

 

 

 

 

「神様なんているわけがない」

 

 

 

 

と思っていた。

 

 

 

 

でも神様は、確かにいたのだ。

 

 

 

 

それを可能にするだけの力をつけるために日々努力する

 

 

 

契約書を取り交わし、コンサル業務が始まった。はっきり言って、ペーパードライバーのコンサルタントだ。でもやるしかない。やらなければボクは死ぬ。必死で調べ、質問し、提案した。

 

 

 

 

クライントに深く入り込むと、色々なことが見えてくる。外部の者だからこそ見えることがたくさんある。それを整理整頓して指摘する。具体的行動を一緒に考える。当然出来ることと出来ないことがある。だから出来ることをコツコツやる。一回提案しても、分かってもらえないことの方が断然多い。だからタイミングを見計らって何度も提案する。

 

 

 

 

「何となく」やっていたことをルール化し、紙に書く。日々の販売データを集計し、グラフにし、見える化する。会議を主催する。議事録を作成する。当たり前のことばかりだが、中小企業は出来ていない。やって当たり前のことをやるから、徐々に効き出す。そもそもやるべきことをやっていないのだから、やるだけで効果が出る。少しずつだが結果が出始めた。

 

 

 

 

毎日必死だった。結果がなかなか出ないときには、契約を解除されるのではないか、と胃が痛くなった。でも、独立とはそういうことだ。結果次第で仕事を失う。その緊張感の中で、やれるだけのことをやる。

 

 

 

 

本もたくさん読んだ。コンサルスキルを上げるためのセミナーにも出た。メルマガ読者を増やすために、有料広告も出した。売上を上げるために、必要なお金はどんどん使った。

 

 

 

 

そういう活動を続けるうちに、メルマガの読者も増え、ポツ、ポツと問い合わせが入るようになった。また、こういうボクの活動をみて友人が仕事を紹介してくれたり、旧知の社長からコンサル依頼が来たりして、ビジネスがまわり始めた。小学校時代の友達が地元の商工会でのセミナーの仕事を回してくれたりもした。

 

 

 

 

ロゴマーク作成サービスも好評で、何件か受注した。これは優秀なグラフィックデザイナーだった妻が担当するメニューだ。ボクが社長の思いをしっかり聴いた上でデザイン案を提案するので、100%気に入ってくれる。これは、ただ予算を消化していた印刷会社時代の反省が生きている。人生で経験することで無駄なことはないのだ。

 

 

 

 

ボクのコンサルの特徴は、社長の頭の中でぐちゃぐちゃになっている悩みや課題を一旦吐き出してもらった上で整理整頓し、財務視点もしっかり押さえた上で、販売戦略を構築し、社長・社員さんと一緒に具体的行動を考え、実行していくことである。経営数値に疎い営業畑・技術畑出身の若社長の参謀として期待されている。

 

 

 

 

目標に比べてまだまだ満足できるレベルの仕事では無いが、試験に落ち続けていた「どん底最低悶々時代」には考えられなかった状況で仕事をさせてもらっている。試験に受かることだけが目的化し、実際にコンサルの仕事をすることなど全くイメージできなかった暗黒の時代があった。しかし今は実践している自分がいる。このギャップに本当に驚く。

 

 

 

 

自分の無力さを思い知り、落ち込むこともある。しかし、名古屋で最も実力があり、最も親身で、信頼感抜群のコンサルタントを目指し、今日も頑張るのみだ。

 

 

 

 

中小企業診断士で食えるのか。この大命題の答えを探るべく、ただいま実験中だ。豊田のストーリーの結末はどうなるのか。ハッピーエンドか、それとも波乱万丈か・・

 

 

 

 

人生は思い通りにはならない。3度目の正直という言葉も、たぶん嘘だ。

 

 

 

 

でもあきらめないで粘ったときに、何かが起こる。それは神様なのか、宇宙の力なのか。

 

 

 

 

ある会社の社長が言ってくれた言葉が印象的で、今も頭に残っている。

 

 

 

 

「豊田君、君のやろうとしている仕事は大変な仕事だと思う。でもそれは、本当にいい仕事だ。だから、頑張れ」

 

 

 

 

僕を必要としている人がいる限り、必ずその人を助ける。それを可能にするだけの力をつけるために日々努力する。あきらめずに頑張りたい。

 

 

 

 

なんとかして、妻の中小企業診断士に対する「霧」をスカーッと晴らしたいし。

 

 

 

 

今、そんな気分だ。

 

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2018/04/29

何者かになりたい(その1)

コツコツ流家元であり、当コツコツ流ドットコムの執筆者、私豊田礼人(とよたあやと)のコツコツ流ストーリーを2回に渡ってお届けします。今回はその1。

 

 

 

「何者かになりたい」

 

 

そんな気持ちをずっと心の奥に持っていたが、具体的に何がやりたいかが分からず、ただ漫然と「サラリーマン」として生きていた。

 

 

新卒で入った印刷会社は立派な会社だったが、仕事は退屈そのものだった。

 

 

「なんとかしなくちゃ、なんとか・・」

 

 

と入社してから毎日思い続けていた。決してオーバーではなく、本当に毎日そう思っていた。

 

 

そんなとき、「中小企業診断士」という資格に出会った。そして、「何もしないよりはマシ」くらいの気持ちで、資格取得に挑戦し始めた。

 

 

そのころから、印刷会社の仕事も徐々に面白くなってきた。大手クライアントを任され、日々忙しく過ごしていた。やり手の上司に可愛いがられ、将来を期待されていた。クライアントの「売りたい」を形にする販促物制作の仕事のコツも分かり始め、クライントからの信頼感も増していった。どんなデザインがいいのか、どんなコピーがいいのか、どんな色がいいのか、毎日そればかりを考えて、動き回る生活だった。

 

 

しかし、大企業であるクライアントは「予算を無難に消化する」ことが最大の関心事で、マーケティング的な視点は皆無だった。お客さん(ユーザー)の気持ちはほとんど無視されていた。とにかく見栄えよく間違いなく作りさえすればよい、という世界。こういう大企業の考え方に疑問を持つようになってきた。

 

 

自分に実力もついてきて、社内での発言力も増してきたが、資格をとってコンサルティングの仕事をしたいという欲求もだんだん強くなり始めていた。本当に売れるマーケティングを実践してみたい。自分の力で人生を切り開いてみたい。そんな気持ちだった。

 

 

そんなとき、30歳になっていた僕に、部長が言った。

 

 

「豊田、次はお前が課長だぞ」

 

 

正直びっくりした。ボクより年上の先輩は他に何人もいるのに、その人たちを飛び越して課長になれるというのだ。30歳で一部上場企業の課長というのは悪くない出世だ。でも、不思議なことに、まったくワクワクしなかった。むしろ、

 

 

「ヤバイ。このまま管理職になったら、ますますこの会社から抜け出せなくなるぞ。ボクは本当にこの仕事をやり続けていいのか?」

 

 

と思っていた。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。早く何かを決断しなくては、手遅れになる・・。何かを何かを・・何を?わからずまま、時だけが過ぎていく。

 

 

そうこうしているうちに、中小企業診断士の1次試験に合格した。4回目のチャレンジでやっとのことだった。最初の2回は適当に受けていたから仕方ないというものの、正直時間を掛けすぎた。が、ボクにとっては大きな出来事だった。

 

 

「今だ!」

 

 

気づいたら辞表を部長に出していた。本当に体が勝手に動いたという感じだった。妻も賛同してくれた。それが何より嬉しかった。

 

 

しかし翌日待っていたのは、部長からの嵐のような説得攻撃だった。「考え直せ」と。何度も話し合いを重ねた。でも、このきっかけを逃したら次はないような気がしていた。だから、押し切った。部長も最後はあきらめて、

 

 

「わかった。でも失敗したら、いつでも戻って来い」

 

 

と言ってくれた。素直に嬉しかった。

 

 

ボクは、道を誤ったのか?

 

 

退職したあとは、午前中は知り合いの会社で経理の手伝いをし、午後は2次試験の勉強に取りくんだ。妻は働きに出た。いつもボクを応援してくれる彼女だが、内心は不安だったろうと思う。それを感じてさらに不安になったボクは、1次試験合格をひっさげて(笑)コンサル会社の就職面接を何社か受けた。しかし結果は全部不合格だった。

 

 

「資格取ってからまた来てください」

 

 

至極当たり前の話だ。誰がこんな中途半端な男を採用するものか。

 

 

あらためて、世間の厳しさを感じた瞬間だった。自分の甘さにあきれもした。根拠のない自信が、グラグラと揺らぎ始めた。このとき、自宅に戻るバスの中で、突然背筋が寒くなった。

 

 

「ボクは、道を誤ったのか?」

 

 

まだ2次試験を受ける前であるにもかかわらず、弱気な自分が顔を出し始めた。

 

 

「本当に会社へ戻るって言ったら、部長なんて言うかな・・」

 

 

そんな後ろ向きの声を振り切り、再び勉強を続ける日々に戻った。

 

 

受かるしかない。やるしかない。受からなかったら、ボクは終わる・・。そう自分にプレッシャーをかけながら机に向かった。

 

 

10月の試験当日、無我夢中だった。そして、2ヶ月後の結果発表の日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生をかけたはずの決戦であっけなく敗れてしまった。不合格を知った日、目の前の全ての光が、消えた。

 

 

落ち込むボクを見て、妻が怒った。そして泣いた。

 

 

何のために上場企業を辞めたのだ・・・。

 

 

 

 

 

試験には失敗したが、生きていかなければならない。稼いで、食わなければいけない。

 

 

運よく、お手伝いをしていた会社の社長に誘われて、その会社に入社した。人材サービスのベンチャー企業である。そこでは「稼ぐ」ためにひたすら頑張った。結果も出し、周りからも認められた。「資格試験崩れ」の汚名を晴らすことに集中した結果だった。

 

 

でも、資格をあきらめたわけではなかった。

 

 

「何のために上場企業を辞めたのだ」

 

 

その思いが常に頭を支配していた。働きながら予備校に通い続けた。予備校内での成績も上がり、全国模擬試験では合格圏内をキープしていた。

 

 

そして秋に試験を受け、冬の結果発表の日が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・また、落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

理由は分からないが、現実は厳しいということなのか。人生は本当に思い通りにならない。神様なんていない。いるわけがない。受け入れたくないが、受け入れるしかない。認めたくないが、認めるしかない。しかし、あきらめきれず、もう1年頑張った。秋が来て、そして冬になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・またまた、落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃になると、ボクの前で「資格」とか「試験」とか「合格」という言葉は禁句だった。妻には非常に気を使わせた。会社でそういう方面の話題になりかけると用もないのに席を立って、その場から逃げた。

 

 

 

ここまで頑張っても成し遂げられないこの「中小企業診断士」という資格は一体何なのか。それほど価値のあるものなのか。

 

 

 

経済産業大臣が認可するこの資格のキャッチフレーズは、

 

 

 

「経営コンサルタントの唯一の国家資格」

 

 

 

というものだ。日本版MBAと呼ぶ向きもある。言い過ぎである。が、試験内容の面白さからか、今でも根強い人気のある資格ではある。但し、法律で守られた「独占業務」があるわけではなく、資格取得後に独立開業する人はごく少数派である。つまり「食えない資格」の代表格とさえ言われるものである。

 

 

 

合格率は1次、2次とも15~20%くらい。1次試験に合格すれば、2次試験を2回(当年と翌年)受験する権利が得られる。(※)合算すると4.5%~8%くらいの合格率である。結構なものである。ボクのように何年も受からない人もいれば、1~2年で合格する人もいる。特に2次試験は論述式で正解が見えにくい種類の出題が多いので、合否の理由を結論づけにくいことが受験生を悩ます。そして泥沼化する。(※試験形式はその後変更されている)

 

 

 

コンサルティングの仕事がしたい

 

 

 

自分の夫の人生を支配しているこの「中小企業診断士」という得たいの知れないモノの正体を見極めたい、と思っていた妻は、ある日、行動に出た。

 

 

 

天気の良い平日の昼間、妻は自転車で買い物に出かけた。いつものスーパーで食料品を買った後、道端の電信柱にふと目をやると、ある看板が目に飛び込んできた。

 

 

 

税理士/中小企業診断士 ○○△△(名前)
電話番号 052-×××-××××

 

 

 

妻にしてみれば、生まれて初めて目にした世間での「中小企業診断士」という看板。実際にこの名称で商売をしている人がこの近くにいる・・。その人に会って、この資格の実態を確かめたい。そう思った妻は、その看板主の先生の事務所へアポ無しで訪問した。

 

 

 

「すいませーん!中小企業診断士って商売になるのですか?ウチの旦那が取り憑かれちゃって・・。先生!教えてください!!」

 

 

 

・・しかし、あいにくその先生は外出中で、代わりにアシスタントのオバさんが親切に対応してくれた。

 

 

 

「あら、ご主人がそんなんなっちゃって。あなた、心配なのね・・。ウチの先生はもともと税理士として仕事していたのだけれど、仕事の幅を経営コンサルティング業務にも広げたくて、中小企業診断士を取ったのよ。そう・・ご主人が・・。大変ね・・。心配よね・・。でもウチの先生、まだ中小企業診断士としての仕事を受けたことは無いみたいなのよ・・。やっぱり税理士の方が定着しているからね・・。そう、ご主人頑張っているのね・・。あなたも頑張っているのね。応援しているわよ。また来てね」

 

 

 

そう言われて、妻は帰ってきた。妻の頭の中の霧は晴れないままだった。この話を聞いた僕は、ボクのことを必死に考えてくれる妻のありがたさを知り、泣きそうになった。(※後日この話を聞いたコンサル仲間から、「奥さんのその行動力、 お前よりもコンサル向きだ!」と言われた・・)

 

 

 

そして、まだ資格は取れていないけれど、仮に取れたとしても、その後も大変そうな資格だな・・と改めて思い、暗くなったのだった。

 

 

 

そしてまた秋が来た。2次試験に限れば、5回目の秋になる。この年も予備校の成績は良かった。しかし、そんなものは全く無意味であることは、百も承知だった。まったく興味は無かった。誰も信じない。試験当日信じられるのは自分だけ。自分で何とかするしかない。

 

 

 

この数年間、一緒に勉強していた仲間は、受かるか、もしくはあきらめて消えていった。当然だが、後者の人の方が多かった。受かりもせず、辞めもせず、まだ続けているのは自分くらいだった。本当に恥ずかしい。できれば隠したい事実だ。予備校の先生は何年も受からないボクを「ハレモノ」のように扱った。そりゃ、先生だってイキの良いニューフェースを短期間で合格させた方が、評価は高まるし、自分も楽しいのだろう。しかし、一番あんた達に金払っているのはボクだぞ!ロイヤルカスタマーだぞ!!そう叫びたかった。

 

 

 

弁護士でもなく、公認会計士でもなく、税理士でもなく、中小企業診断士である。果たして、ここまでこだわる価値のある資格なのか?そう何百回も自問した。でも決まって答えは一つ、

 

 

 

「コンサルティングの仕事がしたい」

 

 

 

なぜ、コンサルティングの仕事がそこまでしたいのか?それははっきりとは分からない。単にカッコつけたいだけなのかもしれない。しかし自分の中を掘り下げて見ると、一つ気づくことがある。それはこうだ。

 

 

 

もともと涙腺が弱いボクだが、必ず涙を浮かべてしまう瞬間がある。それは、「頑張っている人」を見た時だ。老若男女問わず、今、現場で頑張っている人を見ると、何故か涙が出る。サラリーマン時代から、頑張りたいけど、頑張る方法が分からず、悶々としていた自分と重ね合わせているのかもしれない。

 

 

 

コンサル先の社長からこんな話を聞いた。その社長が車でガソリンスタンドに寄った時のこと。南米出身であろうアルバイトの男の子が、ものすごいカタコトの日本語で「マド、オフキシテ、ヨロシイデスカ」と話しかけてきた。承諾すると、日本人の店員では考えられないほどの熱心さで窓を拭いてくれる。その姿を見た社長は、感動して大泣きしたそうである。話を聞いているボクも泣いてしまった。

 

 

 

たぶん、ボクは、頑張っている人が好きなんだと思う。だから頑張っている人、頑張りたいけど頑張り方が分からない人に、アドバイスをするコンサルティングの仕事に惹かれるのだと思う。

 

 

 

でも資格を取ったからといってコンサルティングの仕事ができるわけではない。要は実力次第だ。資格なんて無くたって、コンサルティングの仕事をしている人はたくさんいる。逆に、資格を持っているだけで、活用していない人もたくさんいる。

 

 

 

でもボクはあえて資格を取りたかった。ここまできてあきらめたら、一生後悔することは目に見えていた。スッパリあきらめられるほど器用でもない。何より、自分をゴマかすのが死ぬほどイヤだったのだ。

 

 

 

試験会場の自分の席に座った。1年ぶりだ。皆なんだかんだ自分に理由をつけて辞めていった。ボクだって、座りたくて何度もこの席に座っているのでは無い。だけど、その時思った。

 

 

 

「この席まで歩いてきて、そして座らない限り、絶対に合格は、ない」

 

 

 

負け続けてきたけど、そもそもここに来なければ、勝負さえ始まらない。逃げ出さなくて良かった!と思った。家庭の事情で勉強をあきらめた人がいる中で、続けさせてくれた家族にも感謝した。

 

 

 

勝つ自信は相変わらず無かったけれど、勝つための準備はしてきた。そして、今日、ここに来た。

 

 

 

320分の死闘が始まり、そして終わった。現実の仕事に比べたら、ちっぽけな戦いかもしれない。しかし、このときの自分にとってはまさに生死をかけた戦いだった。

 

 

 

そして冬が来た。発表の日の朝、職場でパソコンを立ち上げた。インターネットで結果を調べるためだ。同僚の手前、平静を装っているが、内心は心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張している。

 

 

 

念願かなうのか、それとも、やっぱりダメなのか・・。(続く)

 

 

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2017/08/31

【受験】成長曲線は遅れてやってくる

 

 

夏になると、高3のころの大学受験勉強を思い出します。勉強だけの夏休み。思い返せば、僕のコツコツ流は、この時に始まったような気がします。

 

高校時代

 

高校は一応、進学校と呼ばれる学校でしたが、3年生になるまで、勉強するのは定期試験の前くらいで、日常的に勉強する習慣はほとんどありませんでした。成績は「中の中」という感じだったと思います。

 

 

じゃあ勉強せずに何をしていたかというと、1年生の時はサッカー部。この部は、僕がいた当時はあまり強くなかったけれど、当時の監督が恐ろしく熱心な人で、後に全国大会に何度も出場する強豪校になります。僕は1年生の頃からレギュラーになり(割とうまかったんです)、試合にも出ていました。

 

 

しかし、サッカーは大好きだったけれど、その監督がスパルタで、僕とは全然合わず、1年生の終わりごろに辞めました。すごく高圧的な人で、何か問題があるとビンタされたり、スパイクを履いた足で蹴られたりしました。今振り返ると、僕は、力ずくでねじ伏せて従わせようとする人が生理的にダメなのだなあとつくづく思います。それは今も変わっていません。でもあの頃の学校教育や部活動において体罰は当たり前で、仕方のない状況だったことも理解しています。

 

 

さて、そんなこんなでサッカー部をやめ、自由になった僕は、ギターを習いに行ったり、バンドのまねごとをしてみたりしましたが、音楽的な才能はほとんどなく、深くのめり込むこともありませんでした。で、結局、何をするわけでもなく、ぼーっと過ごす毎日。(彼女もいないし)

 

受験に突入

 

3年になると、「いよいよ受験です」。担任の先生がニコニコしながら僕たちに言いました。先生は40過ぎた位の女性で、独身。明るくて、担当の日本史を教えることを愛していて、生徒にも人気の人でした。なぜ独身なのか、と思うくらい可愛い人でもありました。

 

 

3年のクラスにはその後僕の親友となる友達もいましたが、他は何となくつまらない感じでした。4月にそのクラスに振り分けられた時、いきなり「もう、クラスの人間関係とか他人の視線とかは一切無視して、ガリ勉になろう」という思いが、天から降ってきました(笑)。1年、2年は勉強しなかったけれど、3年は勉強しよう、となぜかコミットしたんです。

 

 

サッカーもバンドも勉強も中途半端。このままだと高校時代がすごく残念なもので終わってしまうという危機感が、無意識に、僕の中にあったのかもしれません。

 

 

先生は僕たちに「1学期は、学校が終わった後、家で4時間勉強しなさい」と言いました。なぜ4時間なのか、根拠までは言わなかったけれど、僕はこれを守ろうと思いました。そして、本当に1学期は毎日4時間勉強しました。ステージ1、クリア。

 

 

そして夏休み。先生は「夏休み中は1日8時間勉強しなさい」と言いました。「嘘だろ」と思いましたが、先生はマジです。次の瞬間「やる」とコミットしました。信頼している人の言葉というのは、スンナリ体に入ってきます。そして、本当に40日間、毎日8時間勉強しました。第2ステージ、クリア。成績も少しずつ上がってきます。この時点から、僕はコツコツ積み重ねていくことの魅力にとりつかれてしまったようです。

 

成長曲線を感じる

 

コツコツ勉強する習慣が完全に身についた僕は、2学期になると、学校での勉強が終わった後、家で7時間の勉強を自分に課しました。睡眠時間は5~6時間。通学時間も休み時間も、ずーっと勉強していました。休み時間には親友と問題の出し合いです。重箱の隅をつつくようなマニアックすぎる問題を出し、それに平然と答える自分たちを、いつも大笑いしたりして、楽しみながら勉強していました。もう完全に「ゾーン」に入っている状態です。勉強したくてたまらない。

 

 

2学期の終わりごろに受けた全国模試は、志望校の合格ラインに届いていませんでした。しかし、僕の中のイメージでは、1日1日、1時間ごとに学力が上がっている感じがあり、2月の試験本番にピークが来るような感覚がありました。模試の結果というのは、模試を受けた日から1か月後とかに発表されるので、いわば過去のものです。その結果がイマイチだったとしても、今の自分は1か月前より数段成長している実感があるので、全然気にならないのです。努力曲線よりも、成長曲線は遅れてきて、最後に爆発的に伸びるイメージがありました。この図のように↓。

 

 

冬休みも中も、クリスマスとか正月とか関係なく、ただひたすらルーティンを繰り返す毎日。僕のスタイルは、とにかく何度も何度も繰り返し、頭に徹底的に叩きこむやり方。1度で覚えられないものでも10回やれば覚えられるでしょ、という感じ。とにかく暗記する詰め込み型の勉強方法ですので、試験が終わったあとはすっかり忘れてしまいます。褒められたやり方ではありませんが、その時は、「この方法でやり切れば絶対にいける」と腹を決め、集中していました。

 

 

試験の直前期はもちろん、試験日の前日まで僕は今まで通りの勉強をやり続け、その間もおそらく自分の学力は上がり続けていたと思います。ステージ3、クリア。

 

 

そして、試験。

 

 

志望大学の3つの学部を受けました。

 

 

今でも忘れませんが、最終日の最後の科目の時、僕は試験中に眠ってしまうという信じられない体験をしました。おそらく1分くらい。疲れがピークに来ていたのだと思います。すぐに起きましたが、「試験中に寝るバカがいるか」と少し笑ってしまいました。気を取り直して、問題に向かい、無事すべてをやり終えました。

 

 

試験会場から外に出ると、一面に雪が積もっていました。それを見ながら、僕は「全て受かった」と確信しました。それくらい自信がありました。「やり切った感」を全身で感じ、とてもいい気分でした。そして、本当に全部合格していました。ミッション完了。コンプリート。

 

コツコツ流の重要性を体験した

 

僕が目指し、そして入学した大学は南山大学という私大です。中部地区では名を知られていますが、全国的にはほぼ無名の大学です(同窓の諸先輩方、後輩、関係者の皆様、すみません)。そんな大学に受かったからといってどうなんだ?という話なのですが、当時の僕からすれば、これは自分なりに本当に大きな目標だったし、絶対に成し遂げたい魅力的な目標でもありました。この大学に入れば、輝かしい未来と楽しい大学生活があるように思えたのです(現実はやや違いましたが)。

 

 

世間的に見れば小さなことです。大学も無名です。でも僕としては、この成功体験は後の自分を支える重要な根拠となりました。社会的な評価ではなく、自分が誇りと思える経験をしたという事実が大切な宝物になりました。

 

 

この僕の達成を支えたのは紛れもなくコツコツ流です。

 

 

自分が達成したい目標を明確にし、コミットし、あとはひたすらシンプルなことをコツコツと積み重ねる。

 

 

①達成したい目標、②コミット、③コツコツの積み重ね。この3つ。

 

 

このことの重要性を、僕は受験を通して学んだのだと思います。この学びは僕の財産となり、その後にチャレンジする資格試験や、起業してからの苦しい時期を乗り越えるための力となりました。

 

 

夏になると、勉強だけの、あの夏休みを思い出すのです。

 

 

~コツコツ流のオキテ その十五~

目標、コミット、積み重ね。

 

 

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2017/08/09

【重要】コツコツ流は、嘘つかない

 

コツコツ流のマニフェスト

 

 

コツコツ流は、自分ができる小さな努力を積み重ね、少しずつゴールを目指すやり方です。

 

 

ビジネスマンであれば仕事のやり方、

学生であれば、勉強やスポーツのやり方、

芸術に携わっている人であれば、創作のやり方です。

そして時には、生き方でもあります。

 

 

私たちは、あっという間に高い目標を達成する人に憧れを持ちます。

そういう人は天才と呼ばれ、そして悲しいことに、僕たちは天才を崇拝しています。

世間は天才のやり方に関心を持ち、コツコツと努力している人のやり方にあまり関心をもちません。

 

 

誰しも自分は特別だと思いたい。だから何がしかの才能によって、軽々と、颯爽と、スマートに、大きな成果を達成することを望む。それがカッコいいと思う。それに憧れてしまう。

例えば、勉強していないように見せて、テストで高得点をとってしまう人とかに。

 

 

テレビやネットを見ていると、短期間で成功した人が溢れているように見える。

しかし現実は違う。天才のように見える人は外からはそう見えるだけで、裏では相当な努力を積み重ねている。この事実を知らなければならない。

 

 

コツコツ流は、一攫千金を望みつつ、そのやり方では目標に辿り着けなかった人たちが戻ってくる場所でもあります。

 

 

コツコツやりなさい。ひたすら積み重ねなさい。

 

 

若い人から見れば、地味で退屈でカッコ悪いかもしれない。

でも大人になったとき、きっとコツコツ流のカッコよさに気づくでしょう。そういう大人の生き方に共鳴するでしょう。

 

 

あなたのまわりにいる、成果を出している人に聞いてみてください。

成功するためにはどうしたらいいか?と。

その人が大人であればあるほど、きっとこう言うでしょう。

 

 

「コツコツやりなさい。正しいと思ったことを、繰り返しやりなさい」

 

 

世の中には(特にSNSの中には)、

「見せかけの輝き」や「みにくい虚栄心」が溢れています。

 

 

しかし、あなたには関係ない。もっと自分を見つめ、自分を知り、自分ができることをやらなければいけない。

 

 

コツコツ流によって、才能は磨かれて輝きを増し、コツコツ流によって周りからの信用が得られます。

才能と信用は、積み重ねによって育てられ、僕たちをゴールに近づけてくれます。

 

 

才能の輝きも、周りからの信用も、一朝一夕には得られません。それを実はあなたが一番よく知っているはず。自分を信じ、自分ができるほんの少しの頑張りを積み重ねなければならない。

 

 

コツコツ流は嘘をつかない。コツコツ流は裏切らない。

 

 

コツコツ流が、あなたに自信を与え、あなたを目標地点まで連れて行ってくれます。

 

 

コツコツ流家元 豊田礼人

 

 

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